北京の道観 東岳廟

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北京の道観でも、特に規模の大きなものとして知られるのが、東岳廟と白雲観の二つの廟宇である。ここも廟会が行われた地である。但し、五大廟会が行われた寺廟とは異なり、この両道観で行われた廟会は年に数度のものであった。そのため、五大廟会のような定期的な市場を形成するには至らなかった。そのため、経済や芸能文化に関する方面に与えた影響ということについては劣る面もあろう。しかしかえって、宗教的な影響力は非常に強いものがあった。

東岳廟は中国南方に流布する正一教の華北最大の拠点として、そして白雲観は全真教の総本山として、多大なる役割を果たした。共に広大な敷地を有し、中国全土でも屈指の道観として知られる。しかし、いまでも道観としての機能を有する白雲観に比べ、東岳廟の方は単に博物館として観光名所の一つになっているに過ぎない。

東岳廟の歴史は古く、元代に遡る。当時道教界において絶大な力を有した、張天師の血筋に連なる張留孫が建設を策定し、元の延祐6年(1319)に建設を始めた。しかし張留孫の生前には完工するには至らず、弟子の呉全節が引継ぎ、至治3年(1323)に主要な建築が竣工。その後泰定2年(1325)に塑像を含めほぼ完成をみる。しかし元末の動乱により損壊を受け、明の正統年間に重建される。その後、清の康煕37年(1698)には大火にて消失。その後乾隆年間、道光年間に修築がなされた。

当初廟の名は「仁聖宮」であったが、後に「昭徳殿」との称を賜った。しかし東岳大帝を祭祀することから「東岳廟」の称号が有名である。

東岳大帝については、五岳の長、泰山の神として有名である。冥界の長であることも知られ、中国全土に絶大なる信仰を有していた。

主要な建築群は、修築されて現在もある。山門・戟門・岱宗宝殿・育徳殿・玉皇殿・炳霊公殿・三茅殿など、大小の殿宇がそびえ立つ。その中でも有名なのは、前面に展開される七十二司(実際には七十六司とされる)で、ここには冥界の官吏たちの様子が詳細に描かれる。

廟会が行われたのは、春節(旧正月)の正月一日から十五日までと、それに東岳大帝の生誕祭である旧暦三月二十八日の前のほぼ一ヶ月であった。この他に旧暦の毎月一日と十五日にも、参拝客に廟が開放されていたというが、盛大な廟会が開かれたのは、やはり春節と生誕祭前後であろう。

東岳廟は1998年までは、別の施設に転用されており、その中を参観することはできなかった。現在は可能である。だが、博物館として公開されているため、宗教的な機能は無く、住持する道士もいない。ただ、春節における廟会は復活しており、大鐘寺や白雲観とともに、北京の廟会として知られている。

東岳廟で特筆すべきは、その石碑群である。元・明・清代の数多くの石碑が百二十座以上も存在する。

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