北京の博物館こっちへ! 特集

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北京には故宮や万里の長城など世界遺産や歴史遺産が星の数ほど存在するので、なかなか博物館まで目がいかないのですが、実は、北京はロンドンに次ぐ博物館数を誇る文化芸術都市なのです!


総合博物館1「中国国家博物館」

世界最大規模を誇る巨大博物館

中国国家博物館は、天安門広場の東側に建つ威風堂々の博物館。中華民族の歴史が一目で分かります。大小合わせれば、中国には2300の博物館、記念館の「歴史の現場」がある、といわれますが、その頂点に立つのが、この国家博物館です。

建物は、新中国成立10年後の1959年に建てられました。当初は、「中国歴史博物館」としてスタート、「中国革命博物館」も設けられました。二つが合併して、今の形になったのは、2003年2月末のことです。広さは6.5万平方メートル、08年の北京オリンピックまでには15万平方メートルになる予定です。

ニュートン、ピカソ、マリリン・モンローなど故人ばかりでなく、なんとビル・ゲイツもいます。みんな等身大、本当に生きているようです。それぞれの説明文を見ながら、歴史がしのべます。



北京魯迅博物館

魯迅は日本人にとって、もっともなじみの深い文学者です。今回は北京魯迅博物館の紹介です。魯迅は北京に住んだとき、数回住まいを変えましたが、その一つ、宮門口という胡同の中にある四合院がこの博物館になっています。魯迅の住まいはつつましやかなもので、そっくり残っていますが、大型の展示ホールが1996年に建てられました。   

魯迅の生まれ故郷は紹興です。日本人には、これまた有名な紹興酒が作られています。彼の足跡をたどるように、国内には北京、上海、紹興、広州、アモイ、南京の六都市に魯迅博物館があります。しかし、資料の多さなど一番充実しているのが北京です。「魯迅研究室」も設けられ、10人のスタッフが月刊誌を出しています。主任の黄喬生さんは20年にわたって魯迅文学研究に取り組んでいる一人です。

早速、展示ホールに足を踏み入れてみましょう。まず紹興時代の魯迅の生活ぶりの紹介です。かつては、名家でしたが、恵まれた暮らしとはいえませんでした。

魯迅は最初から文学者を目指したわけではありません。彼は1902年、20歳の時、日本の東京に留学を果たします。清の末期、彼は外国から祖国を見ることによって民族意識に目覚めていきます。2年半を東京で過ごした後、仙台医学専門学校(現東北大医学部)で勉強を始めます。

 ここで藤野厳九郎先生に出会います。彼は後に小説も残していますが、藤野先生との師弟愛は、心に深く残るものでした。しかし、日露戦争の最中の日本、魯迅には耐えがたいできごとも少なくありませんでした。医学の勉強はわずか一年半、魯迅は中国に戻り、愛国運動にかかわっていきます。  

二人の付き合いは短いものでしたが、仙台と魯迅の関係は連綿と続き、去年は国際シンポジウムが行われました。そして、今年は東北大学に魯迅の像を贈り、北京には藤野先生の塑像が贈られてくる予定です。(吉田明)

所在地:北京市阜成門内宮門口二条19号


北京戯曲博物館

北京の伝統芸能に京劇があります。きらびやかな衣装、ドラも加わった音楽。言葉が分からなくても、十分に楽しむことができます。北京の劇場で観覧可能ですが、短い日程で北京ツアーにやってきた人は、切符の入手や問い合わせが面倒なため、尻込みする人も多いようです。

そんな人にうってつけの場所、北京戯曲博物館を紹介します。京劇を毎日上演している常設劇場ともいえます。宣武門のあった南の地区、つまり宣南地区が庶民文化の発祥の地、と紹介したことがあります。京劇は清の時代に始まったもので、最盛期の北京には20を超える劇場があり、そのほとんどが宣南地区に集中していました。

その宣南には、全国各地から文化人や商人が集まってきました。そして、宿泊したり情報交換のための場所、日本流にいえば県人会の寮のような施設が次々と建てられました。

そのひとつに湖広会館というのがありました。1807年に建てられたもので、湖北省と湖南省出身者が寄り添う場所になりました。新中国の成立後は一般の住宅や事務所として使われてきましたが、10年ほど前、改修を加え、北京戯曲博物館として衣替えしたのです。

そして、大晦日を除いて、ほとんど毎晩、ここで京劇が上演されるようになりました。一般の劇場に比べれば、それほど広くありませんが、雰囲気は十分味わえます。展示室が設けられ、年に数回、珍しい楽器にお目にかかれ、取材で訪れた日は、古琴や古笛が展示されていました。日本人旅行者のためには、日本語のガイドホンが用意されています。

ここの楽しみはもうひとつあります。レストランが併設されているのですが、私家菜、いわば家庭料理です。京劇は夜7時ごろから始まるので、少し早めに出かけ、腹ごしらえするのがいいでしょう。

住所:北京戯曲博物館 宣武区虎坊橋3号


北京古代建築博物館

歴史の都、北京には博物館や記念館がいくつぐらいあるのでしょうか。インターネットで検索し、地図で捜してみました。その結果、170を超す施設が見つかりました。一時閉鎖中や改築中のところもあるようですから、実際はもっと多いかもしれません。多くの特色のあるなかで、今回紹介するのは、古建築をテーマにした博物館、北京古代建築博物館です。建築と名づけた博物館は全国でもここだけです。

この博物館は北京の南、「先農壇」の中にあります。壇とは、古代に祭りや祈りごとなどの行事に使われた台のことです。「天壇公園」は有名ですが、ここは天を祭るところ。となれば、古代建築博物館は農業と関係ありそうです。

1991年9月に一般公開が始まり、原始社会から明・清の時代に至るまでの建築の特色が分かるようになっています。中国は農業大国です。春先には豊作を祈り、秋には収穫に感謝する皇帝の儀式が、この先農壇で行われたのです。明の都は当初、南京にあり、同じような台は「山川壇」と呼ばれたものがありました。北京に都が移ってから、作られたのが先農壇。これに四合院式の建物が一体となっています。

博物館はその建物を利用した形になっています。中心となる太歳殿に入ると、横長の大きな絵が目に入ります。清の雍正帝がたくさんの御つきを従えて、豊作を祈っている図です。

中国建築の特色とされる四合院。四つの建物が庭に面して建てられた様式ですが、北京の胡同でも数が少なくなりました。この博物館に来て、四合院の原型は西周の時代といいますから、今から3000年も前にさかのぼることが分かりました。陝西省で痕跡が見つかっているそうです。

そして、西周の時代に「司工」と呼ばれる、建物の総合プロデューサーがいたことも記録に残っています。後には「工官」という人たちで、設計、施工、材料選びなどすべてに責任を負ったのです。とくに色使いに興味が注がれます。柱や天井に色づけする際、黄色は皇帝の住まいだけに使い、緑色は役所と主要なお寺、天を祭るときに使うのは藍色と厳格に決まっていたのです。

住所:東経路21号先農壇のうち 



故宮博物院


故宮博物院は明・清両王朝の宮殿建築と宮廷収蔵を基礎として設立した総合的な国立博物館である。北京市の中心に位置しており、前方に天安門、後方に景山、東に王府井商店街、西には中南海という昔の皇室庭園がある。同博物院は1961年に中華人民共和国国務院によって指定された全国初の「重点文物保護単位」の一つであり、1987年にはユネスコ世界遺産に認定された施設でもある。中国古代の星象学では、紫微垣(北極星)は天の中心であり、天帝の居住するところである。天人対応の思想によれば、人間の皇帝が居住する皇宮は天上の紫微宮に相当する。そのため皇帝の皇宮を紫禁城と称するのである。明の第三代皇帝である朱棣は帝位を奪ったのち北京に遷都することを決め、紫禁城宮殿を建て始めた。明の永楽l8年(1420)、この宮殿は完成した。1911年の辛亥革命によって封建帝制最後の王朝―清王朝が倒れ、退位した溥儀は1924年に紫禁城を追われた。この五百余年の間、24人の皇帝がここに住み、中国全土への統治を行なったのである。

中華人民共和国成立後、故宮の職員たちが紫禁城内の環境整備を積極的に行なった。雜草を取り除き、河を浚い、ゴミを運び出す。5O年代の初期、紫禁城から運び出した百年間のゴミの堆積は25万立方メートルに逹し、紫禁城の様子はすっかり一変した。故宮博物院は「保護を重んじ、重点的に修復する。全面的に企画し、一歩一歩実施する」という古建築管理の方針によって数十年の努力を経て、数多くの傷みがひどい建物、雨が漏る建物、倒れる寸前の建物を修理し、塗装した。古い宮殿建築は再び金色や青、赤の輝く美しさを取り戻している。そして、高層建物ヘの避雷針の設置、火災報知及び警報設備の取り付け、高圧消防給水道管の敷設などをして、紫禁城建築の保護がいっそう強められた。改革開放以来、北京市政府が紫禁城外側の濠の整備工事を行って、昔の皇居の姿がよりすばらしく眺められるようになった。

文物の面では、故宮博物院は五、六十年代に清代宮廷の旧蔵品をあらためて点検登録した。過去の記録のミスを直し、漏れを補った。例えば、廃棄物の中に薦で包まれていた象牙筵、漱芳斎舞台の下に置かれていた唐代蘆稜伽のものと見られる「六尊者像」という冊等の文物が発見された。文物に対する鑑別、分類も行ない、より正確な文物資料ができた。十数年の整理で清代宮廷の旧蔵品が71万件以上あると分かった。その他、募集、購入、個人寄付を通して社会から広く文物を集め、新たに22万件以上の文物を収集した。それで、製造時代、種類における故宮収蔵品の不足を補充した。例えば、石器時代の彩陶、商・周時代の青銅器、玉器、漢代の陶俑、南北朝時代の石像、唐代の三彩などである。最も人々の注目を集めたのは数多くの古代の書と名画である。中には、晋代陸機の「平復帖」、王珣の「伯遠帖」、顧愷之の「洛神賦図巻」、隋代展子虔の「遊春図巻」、唐代韓滉の「五牛図巻」、杜牧の「張好好詩巻」、五代顧 中の「韓熙載夜宴図巻」、宋代李公麟の「臨韋偃牧放図巻」、郭熙の「 石平遠図」、張擇端の「清明上河図巻」等があり、どれも精品で、宝である。故宮博物院の文物収集は数十年続いてきた。近年では、大金で宋代張先の「十詠図卷」、金代迺賢の「城南詠古詩」、明代沈周の「倣黄公望富春山居図卷」、清代石涛の「高呼と可図」等を買い戻した。この中の「十詠図卷」と「城南詠古詩」は溥儀が褒美として溥杰に与えたもので、宮中から民間に散逸した文物である。


故宮博物院はこの膨大な数の貴重文物を保存するため、五、六十年代からもとの倉庫に対して大きな改造工事を行ない、防湿、防虫などの措置を講じた。そして90年代、60万件の文物を保存する倉庫を建てた。これは温度、湿度を自動的にコントロールし、消防、警備などの設備を備える現代的な倉庫である。1950年に文物修復工場を設立し、1980年にこの工場を文物保護科学技術部に拡大した。この部門は伝統技術と最新技術で傷んだ文物を修復する。数十年の間を通じ、修復した故宮内外の文物はll万件以上に達した。

陳列展覧の面では、太和殿、中和殿、保和殿及び后三宮、西六宮などの原状陳列以外に、青銅器館、陶磁器館、工芸美術品館、絵画館、珍宝館、鍾表館などの文物陳列がある。また、さまざまなタイトルで期間限定の展示を行なう。近年では、「古書画真僞対比展」、「古陶磁真僞品対比及び古窯址資料展」、「清代宮廷包装芸術展」、「五十年入藏文物精品展」などがあり、いずれも社会各界から好評を受けた。その他、国内外のほかの博物館の収蔵品の展示も行なう。また地方や外国の人々の要請に応じて各省、市博物館での小規模の故宮文物展や、外国でのさまざまな形の故宮文物展を開催した。改革開放以来、外国での故宮文物展が増え、これまでイギリス、アメリカ、フランス、旧ソ連、ドイツ、オーストリア、スぺイン、オーストラリア、日本、シンガポールなどの国で展覧会をしており、それぞれの国の民衆から大きな関心を得た。外国での故宮文物展は中華民族の悠久の歴史と絢爛たる民族文化芸術を世界の人々に紹介し、各国民衆との友好往来と文化交流を大いに促進している。

この十数年来、故宮博物院が受け入れた国内外観光客の数は年間6OO―8OO万人であり、観光業の発展に従って増加傾向にある。

故宮博物院は故宮の宮殿建築と所蔵の文物を国内外の人々に紹介するため、「故宮博物院藏歴代名画集」、「故宮藏磁選」、「国宝」、「紫禁城宮殿」、「清代宮廷生活」、「国宝薈萃」、「故宮博物院藏珍品文物全集」など、数多くの図書、図録を編集出版した。また、「故宮博物院院刊」、「紫禁城」を定期刊行物として出している。

改革開放の政策に基づいて1997年から故宮博物院内部機構の改革が行なわれた。保管部、陳列部、研究部門を改組し、古器物部、古書画部、宮廷部、展覧宣教部を設け、また、資料情報センターを設立し、故宮の情報化管理を推し進めている。資料情報センターに続々と資金を投入、先進技術を導入し、故宮コンピュータ・ネットワーク、各種類の管理用データ・べース、故宮ウェブサイトを作り上げた。現在では、世界中の人々がインターネットを通して神秘的な紫禁城を遊覧し、故宮の壮麗な宮殿建築の威容と故宮博物院が所蔵する豊富な文物を鑑賞している。

デジタル化の故宮を築き上げるのはもう夢ではない。


アドレス:景山前街故宮博物院

交通:2、4、10、20、37、52、54、120、728、802、特1 番バスに乗り前门バス停で下車

開館時間:

10月16日~4月15日

開館時間 8:30~16:30 (珍宝館、時計館を含む)入館は15:30まで

4月16日~10月15日

開館時間 8:30~17:00 入館は16:00まで (珍宝館、時計館を含む)

入場料金:11月1日~3月31日:大人40元(学生:20元)

4月1日~10月31日:大人60元(学生:20元)

(珍宝館:10元、時計館:10元)

公式サイト:http://www.dpm.org.cn/


中国映画博物館


中国映画博物館は現在、この分野の専門博物館としては世界最大。中国映画誕生100周年を記念するシンボル的な建築物で、中国映画100年の発展史と映画技術を紹介している。映画文化を伝承し、学術交流と研究を行う芸術の殿堂と言える。

同博物館には20の展示ホールがある。館内には巨大スクリーンを備えたホール、デジタル映画放映ホールのほか、35ミリ映画放映ホールが3つ設けられている。

建築面積は約3万8000平方メートル。保存する映画はおよそ1500本、写真は約4300枚。また、映画関係者450人のプロフィルも紹介している。展示内容については、国家ラジオ映画テレビ総局が著名な専門家や学者を組織して検討。権威と知識、芸術性が一体となった博物館と言える。

アドレス  北京市朝陽区南影路9号

交通    909、402、418、937、813番バス南影路下車

電話    64319548

開館時間  9:00~16:30、月曜休館

入場料   大人20元、生徒・学生10元

公式サイト  http://www.bjrt.gov.cn/museum/index.jsp



首都博物館

2006年5月18日に開館した首都博物館は、雄大なスケールの建物、豊富な展示品、先進的な技術と完備された機能で、「歴史文化名城」、「中国文化の中心地」、「国際化の大都市」としての北京の位置づけにふさわしい、国内ではトップクラス、世界でも先進的な博物館となっている。

首都博物館の展示は、北京市で出土した文物を主なものとし、北京の歴史、文物、考古学及び関連学科の最新の研究成果をも吸収し、内外の博物館の成功した経験を参考にした北京の特色が豊かなものとなっている。

「古都北京・歴史文化編」、「古都北京・都市形成編」、「昔の北京の民俗展」などをテーマとする常設展示は、華やかな北京文化と北京の都市の変遷ぶりをPRし、首都博物館の目玉としての展示となっている。

部門別展示では、「古代磁器芸術銘品展」、「燕地(昔の北京地域)青銅芸術銘品展」、「古代書道名作展」、「古代絵画名作展」、「古代玉芸術品銘品展示」、「古代仏教芸術銘品展」、「古代文房四宝銘品展」などがある。これらの展示は文物5622点からなるものである。

首都博物館では、特別展もときどき行われ、北京の文化とその他の地域の文化、中国文化と世界文化の交流の舞台ともなっている。

アドレス:復興門外大街16号

電話:63370491 63370492

交通:1、4、52番バスの総工会ビルバス停で下車。37番バス三里河東路南口バス停で下車。650、708、26、727、717番バスで白雲路バス停で下車。

開館時間:09:00~17:00(入館は16時まで。月曜日は休館日)

入場料:大人30元、学生15元

公式サイト:http://www.beijingmuseum.org.cn/





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