ラマ教の寺院

2017-06-07

北京地区で規模最大、完ぺきな形で残るラマ教(チベット仏教)ゲルク派の寺院である。雍和宮は1981年に宗教活動の場所として正式に対外開放された。

最初の雍和宮は清代康熙三十三年(1694)の建立。雍正皇帝が即位する前の私邸だった。皇帝を継承した雍正はその半分をゲルク派の上院に改め、半分を行宮としたが、後に行宮は火災に見舞われる。雍正三年(1725)、上院を「行宮」に改め、「雍和」の名を付与した。乾隆九年(1744)、雍和宮は正式にラマ廟に改められ、清政府が全国のラマ教の事務を管理する中心となった。

雍和宮は南北の長さが約400メートル、敷地面積は6万6000平方メートル。漢族や満州族、蒙古族、チベット族など多彩な建築芸術が一体となった独特の風格を備えている。東と中、西に3つの道がある。中路は南北を結ぶ中軸線上にあり、南から北へと順に牌楼院、昭泰門、天王殿、雍和宮殿、永祐殿、法輪殿、万福閣などの建築物が並ぶ。ここで特筆すべきは法輪殿内にある五百羅漢山。羅漢は金や銀、銅、錫など5種類の金属で作られている。どの彫塑も仙境のようで、雍和宮の「三大絶妙」の一つ。万福閣に奉納された木彫の巨大の仏像「曼荼羅仏」は高さ18メートル、8メートルに達する地下の部分も加えると、26メートルの高さになる。これも「三大絶妙」の一つ。また仏教関連の文物や資料、写真などが大量に保存されている。

チベット仏教の博物館とも呼ばれ、ダライ・ラマやパンチェン・ラマがここで経典の教えを説いている。全国重要文化財。

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