<北京のお気に入り> 「木の上でお茶している気分になるカフェ」

2017-08-07

激しい雷雨が突然スコールのように降る天気が1週間ほど続いた北京に、一転して最高気温34度の真夏日が訪れた。北京では珍しくじめじめとした蒸し暑い日だ。だが、目の前の立派な枝振りを誇るポプラ(日本名:セイヨウハコヤナギ)の木の大きな幹や青々とした葉を見ていると暑さも半減し、逆に爽やかな気分になってくる。

ここは、大きなポプラの木を抱き込むようにして建てられたツリーハウス風カフェ「在樹上咖啡」。屋上テラスからは、軍事工場の跡地を利用した798芸術区の独特な風景を眺めることができる。ギャラリーを背景に煙突や鉄柱がいくつも立ち並ぶ景色は今自分がどこにいるのか忘れてしまうような無国籍感と非日常感に溢れている。

このカフェを「北京のお気に入り」として紹介してくれたのは、明るい笑顔が印象的な石垣久美子さん(29)。日本人が経営する建築事務所「SA」が持つ、都市をテーマとしたギャラリー「TAM」(Town Art Museum)の運営を担当している。

実は、このカフェ、石垣さんが会社の面接を受けに北京に初めて訪れた際、会社のスタッフが連れてきてくれた場所なのだそうだ。

「北京のことは本当に何も知らなくて、地図上のどこにあるのかもわからないほどでした。実際来てみて、こんなに緑が多い街だったんだとすごく驚きました。屋上のテラス席に座ると、木の上でお茶を飲んでいる気分になって、とても気持ちの良い時間を過ごすことができました。こんなに素敵なカフェがある街なら長く住めるなと思った記憶があります」

798芸術区の規模の大きさにも驚かされた。「日本では作れない空間だと思いました。ここは、すでに1つの街ですよね。体育館ほどの大きさのギャラリーがあったり、作品の一つ一つが大きくて、凄いエネルギーに圧倒されました」。

大学で日本美術史を専攻していた石垣さんは、卒業後掛け軸などを主に扱う美術商に就職。だが日本文化や美術を多くの人に紹介したいという思いがつのり、出版業界の制作会社に転職した。しかし、担当したのは美術でも日本文化でもなく、旅行ムック本やグルメ雑誌などの編集・執筆だった。理想とのギャップを抱きつつも、時には1週間で3時間しか家に戻れないという非常に忙しい日々を送る石垣さんのもとに、ある日、北京のギャラリー運営に携わらないかという思いがけない誘いが届く。

中国には行ったことがなく、中国に対する知識もほとんどなかった。当然、中国語は話せない上、英語も大の苦手。また、当時は中国各地で起こった反日デモのニュースもまだ記憶に新しく、即決するのは難しかった。

驚きと戸惑いを感じながらも、自分の裁量でギャラリーを運営できるという仕事内容に心引かれ、まずは中国や会社の様子を見てみようと北京を直接訪れることにした。

「大学院を卒業後、北京ですぐに働き始めた社長は、『自分を受け入れ、育ててくれた中国に恩返しをしたい。せっかくビルのワンフロアを使えるのなら、物を売るのではなく、文化的に街を豊かにするという方法で街に恩返しをしていきたい』という話をしてくれました。こういうことを考えている人の下だったら多分自分がやりたいと思うことを一緒にやっていけると思いました」。それから1週間後、石垣さんは北京に行く決心をする。そして4ヵ月後の2013年9月から石垣さんは北京で働き始めた。

「実際に来て戸惑ったことは実はあまりないんです。逆に日本だと簡単なことでも、上下関係やしがらみなどで色々と根回しなどが必要になったりしますが、北京だとシンプルにやりたいと言えば、皆がわかってくれる。ただ、中国では結果を出すまでの期間や進行速度が問われるので、すべてのプロジェクトで『スピード』が求められます。ギャラリーの運営もまずは3年で結果を出せと言われました」

言葉もわからず、知り合いもまったくいない北京で当初は何から始めていいのかさえわからなかったという石垣さんだが、この半年ですでにいくつもの企画展を開催した。今では、アートのみならず、会社本体の業務である都市設計という面にも魅力を感じ始めている。

「企画の提案などで建築業務に関わるうちに、街とは建築を指すだけでなく、そこに生きている人やそこで育まれた文化も含めて一つの街であることに気付きました。そこにある記憶や文化の容れ物を作ることが都市設計だとすると、今まで関わってきた美術とも密接に関わっています。そういう視点でギャラリーの仕事と建築の仕事を見ると、俄然興味がわいてきました」

石垣さんは、将来の夢について次のように語ってくれた。

「北京で今の仕事を形にした後、将来的にはアジアのアートや文化を人々に伝えていきたい。そして、60ぐらいになったときに、小さなカフェを作りたい。こじんまりとした、日当たりのいい場所に、美術の本とかを置いて、若い人たちに刺激を与えてあげられるような場所を作ることができたらいいなと思います」。

自分自身何をすべきか、何ができるかを思い悩んだ時代があったからこそ、若い人たちに特別な共感や興味を抱いているという。「自分には特別な才能がないので、できないことをたくさん持っている人のことを誰よりも理解できる。普通の人だからこそ、普通の人と特別な才能を持つ芸術家との間を結ぶ仕事ができるんだと思う」。そう語る石垣さんの表情には、仕事への情熱や自信が浮かんでいた。

感性の合う人同士が結びつく、奇跡のような出会いの瞬間を見るのが好きだという石垣さん。人と人を結ぶ場所であるカフェに惹かれるのも自然なこと。「在樹上咖啡」に背中を押されるようにして決意した北京での美術と人を結びつける仕事は、やはり運命の出会いだったのかもしれない。

■北京のお気に入りデータ

在樹上咖啡(The High Place)

北京市朝陽区酒仙橋路4号 798芸術区内

798芸術区4号エントランスから入って798路をまっすぐ奥に進んで行くと左手にある

■798芸術区(大山区芸術区)のデータ

もともとは軍事機器や半導体などを生産していた工場群「718聯合廠」の跡地を、2000年頃からアーティストたちがアトリエとして利用し始めたことから、徐々に中国現代アートを発信する一大芸術区へと変貌した。敷地面積は東京ドームの約13個分にあたる60万平方メートルにも及ぶ。国内のギャラリーだけでなく、国外の有名ギャラリーなども数多く出展しており世界的にも注目される。現在は商業化が進み、ギャラリーやアトリエのほか、オシャレな雑貨・デザインショップやブティック、ブックストアやカフェ、レストランなども楽しめる人気観光スポットとなっている。

■推薦者データ

石垣久美子さん

北京滞在歴:10ヶ月

●中国を漢字一文字で表すと?

●中国の食べ物で一番好きなもの

水餃子。いろんな味があって美味しい

●中国人に見習うべきところ

初めての体験や、外国人に対して果敢に関わっていこうとするアグレッシブな姿勢

●中国にあって日本にないもの

人の熱気

●中国に来て感じた中国と日本の違い

日本は東京、中国は北京しか知らないので、東京と北京の違いで考えると、

外国人に対する懐の広さがあるのが北京だな、と。東京はまだまだ外国人を受け入れにくい雰囲気があると思います

■TAMの今後の企画展

7月「MADE IN BEIJING 2014」 中央美術学院六角鬼丈研究室の卒制展

(執筆 MZ)

「人民網」より

人民網

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