北京の歴史・民国編、風雲児が輝かしく登場する舞台

print

民国時代、北京はいろいろな風雲児を引き付け、中国最後の皇帝・溥儀から東北軍司令官・張学良、有名な思想家・梁啓超から五四運動の指導者・陳独秀までもが民国時代の北京という舞台に輝かしく登場しました。

民国時代、北京で最も高級なホテル・六国飯店は政府高官や外国の公使などが集まる社交の場で、多くの重要な歴史事件がこの舞台に関わったと言われます。

当時、戦乱により社会が不安定でしたが、公使館の区域内に位置する六国飯店は天下太平の様子でした。社交ダンスもここから流行り始めたとのことです。



1928年、日本側のスパイ・川島芳子はこのホテルのダンスパーティーで東北地方の軍閥政治家・張作霖の副官に話しかけ、張作霖が自らの根拠地奉天へ戻る列車の時刻を聞き出しました。日本の関東軍はこの情報を得た後、皇姑屯駅で張作霖を爆殺しました。当時、六国飯店の社交舞台では、このような歴史を変えるほどの「演劇」がよく上演されました。

民国時代、北京は中国の重要な政治の場であっただけでなく、魯迅、林語堂、郁達夫など文人にとっての心の故郷でした。これらの文人と比べ、北京生まれの名作家・老舎の故郷・北京への思いは身体の隅々まで染み込んでいました。「私が愛する北京は、私の心と繋がるその歴史であり、いくつ名所旧跡があるかは数えきれない。雨上がりの什刹海から夢の中の玉泉山の塔の影まで、すべての小さな場所の中に私がいて、私のすべての思いの中に北京がある。ただ、言葉で言い表すことはできない」これは老舎が1936年に書いた散文「想北平(民国時代の北京を思う)」の一部です。

また、同じく老舎が1944年に発表した長篇小説「四世同堂」は抗日戦争中、日本軍占領下の故郷が無残に寂れるのを北京の庶民が見て、愛国心と民族意識に目覚め、抵抗し立ち上がる不屈の精神を描きました。作品からは老舎の故郷・北京への深い愛情がしみじみと感じられます。

「中国国際放送局」より

北京観光常用語・一卡通

ランキング

切れ味抜群な「王麻子はさみ」

 

個人情報|お問い合わせ•ヘルプ

Copyright@2002-2018 www.visitbeijing.com.cn,All Rights Reserved