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北京の歴史・民国編、伝統と現代が融合できる古都

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故宮(紫禁城)は皇帝の住まいとして建てられました。1912年2月12日、清朝最後の皇帝・当時わずか6歳の愛新覚羅・溥儀が「退位の詔書」をここ故宮で発表しました。これは300年近く続いた中国最後の王朝・清が滅んだことを表します。



同年1月に中華民国が生まれ、新しい時代を迎えました。この時期、北京は新しい民国政権と古い清王朝が交代する重要な舞台になり、清の没落貴族や、民国政府の高官、それに新文化運動の代表として、進歩的な思想を持つ学生達がこの激変する舞台に上がりました。

伝統文化と現代文明を融合できる古都

「北京は理想的な都市で、誰もが呼吸できる場所だ。北京は豪快で、寛大だ。新しいものも古いものも包み込み、それによって少しも動揺しない」これは民国時代の文学者・林語堂の言った言葉です。彼が言うとおり、3000年の歴史を持つ北京は、伝統文化と現代文明をうまく融合できる古都です。1910年代、中華民国成立初期、「民主」と「科学」を唱える新文化運動や五四愛国運動が北京で始まり、すさまじい勢いで中国各地に広まりました。一方、没落していく清の貴族たちもその輝かしい過去を記した歴史の舞台から降りることをためらいました。清の時代の辮髪を残し、鳥籠を手に持ち、あちこち歩き回る姿は民国時代、没落貴族のシンボルとなりました。



芝居小屋で梅蘭芳といった京劇の名優の公演を楽しむことも貴族の品位と見なされ、清朝復活のクーデターを起こした没落貴族の代表・張勋も当時、京劇ファンとして知られていました。民国時代の北京は、新しいものも古いものも包容できる都市でした。

「中国国際放送局」より

中国国際放送局

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