古くから伝わってきた清明節の風習

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今年の4月5日は中国伝統な祝日「清明節」、また、二十四節気の一つとして、「清明」は一年において大事な日の一つでもある。中国では清明節の日を公休日を設け、人々がこのチャンスで外に出て、春の到来を肌で感じる。では、歴史の長い大事な祝日として、清明節にはどんな風習があるか、一緒に見てみよう~


掃墓(墓参り)

清明節の墓参りは今も引き続いている風習となっている。今になっても、清明節になると、墓参りする風習が残っている。草を刈り、お供えし、墓で線香を燈し、紙をお金を燃やしたり、花束を添えたり、亡くなった家族に思いを届ける。

青団(青い団子を食べる)

主に中国の南地方で流行っている食べ物で、清明の節気になると人々はよくこれを食べます。もち米の食感は独特で、いい香りがします。形は丸くて、また餡にはゴマやあんこを入れ、こぶしぐらいの大きさに整えたら完成します。大人から子供までも好んで食べるグルメの一つです。

蕩秋千(ブランコに乗る)

秋千(ブランコ)、すなわち縄を握って動く。秋千(ブランコ)は悠久な歴史があり、最初は千秋と呼ばれていたが、忌諱を避けるため、秋千に変わった。昔のブランコは木の枝にカラフルな帯を結んだものである。その後、徐々に二本の縄と座板のブランコに発展した。ブランコは健康によいだけでなく、勇敢な心を鍛え上げることもできるため、今でも人々、特に子供が好きな遊具になっている。

蹴鞠(けまり)


鞠は一種のボールであり、外は皮で、中は毛が詰まれている。蹴鞠とは、足でボールを蹴ることである。昔、清明節の時に人気があったゲームである。言い伝えによると、黄帝が発明したもので、最初は武士を訓練することに使われていたそうだ。

射柳(柳の木を弓で射る)

射柳は弓矢の技術を鍛えるゲームである。明の時代の記載によると、ハトを瓢箪に入れ、瓢箪を高い柳の木に結びつき、矢が瓢箪に的中し、中のハトが飛び上がる高さで勝負するそうだ。

闘鶏(鶏と戦わせる)


昔、清の時代では闘鶏が流行っていた。闘鶏は清の時代より、夏の時代まで続いた。中国で闘鶏に関する一番古い記録は『春秋左氏伝』にある。唐の時代になると、闘鶏が流行り、民間だけでなく、皇帝も闘鶏に参加していた。唐の玄宗皇帝は闘鶏がとても好きだった。

拔河(綱引き)

昔の中国で綱引きは「牽鉤」、「鉤強」と呼ばれており、唐の時代から「拔河」と言うようになった。綱引きは春秋時代末期に発明され、最初は軍隊の中で流行り、その後民間に広まった。唐の玄宗時代、かつて清明節で大規模な綱引き大会が行われた。その頃から、綱引きは清明節習俗の一部となった。

蚕花会(シルクの名産地のイベント)


「蚕花会」はシルクの都ならではの習俗文化である。昔、清明節期間で多くの地域がこの風習イベントを行っていた。毎年の蚕花会はとても賑やかで、イベントが多い。蚕神迎え、揺快船(船こぎ競争)、閙台閣(御輿で演出)、拜香凳(一種の踊り)、打拳(武術)、龍灯(竜灯踊り)、翹高竿(高足踊り)、唱戯文(伝統劇)など十数種類のイベントが行われる。これらのイベントは陸上で行われるものもあるが、ほとんどが船で行われ、水郷ならではのイベントである。

踏青(緑豊かな自然な環境に行く)

清明節の時期になり、春がこの土地を訪れ、自然界は生き生きとした光景になり、ピクニックするには絶好の時間である。我が国の国民たちは長い間清明節で大自然に出かける習慣を受け継いできた。

放風筝(凧揚げ)


清明節の凧揚げは広く流行っている風習である。昔の人にとって、凧揚げは遊びだけでなく、巫術でもあると考えている。凧揚げで、自分の悪運もどこかへ運んでくれると信じていたそうだ。多くの人は清明節で凧揚げする時、心当たりある悪運や病気を凧に書き、凧が高いところまで上がると、凧の糸を切るそうだ。凧が風に乗ってどこまでも飛んで行くことは自分の病や悪運を持っていくと言われている。

植樹(木を植える)

清明節前後、春が訪れ、春雨が降るため、植樹の成功率が高く、成長が早い。古くから、中国は清明節に木を植える風習がある。一部の人は清明節を「植樹節」と呼んでいる。木を植えるの習慣は今も残っている。


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