人情味のある大柵欄の下町でサイクリングデビュー♪

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温かい風が吹かれる春、北京の下町でサイクリングデビューしませんか。人情味のある北京の下町で自転車を漕ぎながら、そこにある老舗で買い物したり、変わっているグルメを食べたりして、北京特有な下町文化を体験する人は今増え続けています。そこで初心者でも楽に観光できるコースを紹介し、皆さんもチャレンジしてみましょう。

老舗が軒を連ねる大柵欄商店街



「大柵欄」は北京の人気観光スポット「前門」の外にある有名な商店街です。今は「大柵欄街」及び廊房頭条、粮食店街、煤市街などを含む地域を指します。この大柵欄エリアは昔の北京の中心地帯であり、北京の南中軸線の重要な一部でもあります。天安門広場から南、前門大街の西側にあり、東口から西口まで全長275メートル。1420年(明の永楽十八年)以来、500年以上の月日を経て、徐々に賑やかな店舗が立ち並ぶ商店街に発展してきました。その中の多くは百年を超えた老舗で、今は買い物だけではなく、昔の中国を知る手がかりの街、または中国文化と触れ合うことができる街となります。

書画と陶磁器の街・琉璃廠

琉璃廠というのは、字面だけを見ると瑠璃工場のこと。そこで勘違いし、セメントやレンガを作る工場だと思われる人も多いだろう。だが、実はここには工場と大きく違い、文房四宝(硯、墨、筆、紙)や書画、陶磁器などを専門に扱う高級な店ばかりが立ち並んでいる。



北京・西城区に位置する琉璃廠胡同は、幅は8メートル、全長は400メートルで、1926年の頃に琉璃廠東街と琉璃廠西街に分かれた。遼の時代、ここは「海王村」という村だったが、元の時代になってから宮殿の修繕などの需要が増加し、朝廷が瑠璃焼の工場をここに設置してから瑠璃廠と呼ばれるようになった。明の時代では瑠璃工場をほかのところに移したが、その当時の名前は変わることなく、今に至った。工場がなくなって生活スペースができ、賑やかな町と変わった。

しかし、どうして瑠璃廠に文房四宝の店が集まってくることになったのだろうか。それは、あの有名な清朝皇帝・乾隆帝と深く関わっている。清の時代、都を北京に決定してから、多くの人が北京に引越して、一部は瑠璃廠の周辺に住むことになった。また、乾隆帝の治政下で、現存する重要な書物を網羅し、今までにはない一大叢書を作ることを命じた。そこで全国の書が北京に集まり、この仕事に携わる多くの学者が瑠璃廠付近に住んでいたことから、やがてここは北京最大の書や骨董品を扱う街となったのだという。

今もここ瑠璃廠には昔の名残が残り、街の両側は文房四宝などの店が立ち並ぶ。老舗が多く、中国最大の古書書店「中国書店」、有名の墨ブランド「一得閣」、文房四宝の名店「栄宝斎」などが軒を連ねる。他の胡同とは雰囲気が異なり、あまり賑やかではないが、ゆっくりと散策し、じっくりと物を選ぶことができる静かな街だ。

北京風情が存分に楽しめる「老舎茶屋」

歴史あるこの茶屋は、一階から三階までのそれぞれの空間に濃厚な北京風情が漂っています。一階はお客様が食事をするところです。二階は北京の伝統建築「四合院」をリフォームして作った茶室です。騒々しい正陽楼の下に、このような静かな場所があるなんて、たぶん誰もが思いも寄らないでしょう。



三階にある劇場は最もエキサイティングな場所です。例えば、漫才、曲芸、マジック、物まねなど、毎晩素晴らしい催しが開かれます。蓋つきの茶碗でお茶を飲みながら、氷砂糖瓢箪や各種の古い北京のおやつを楽しみましょう。芝居を聞いていると、大変面白いですよ!

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住所:北京市西城区前門西大通り正陽市場3号ビル

北京ダックの老舗でくくります

全聚徳、「中華老字号」という政府認定の老舗の称号も勝ち取った、北京ダックの名店中の名店。1864年に創業し、150年以上の歴史を持つ老舗として、メイン料理の北京ダックを除き、ほかには400種類のメニューもあります。

そのすべての始まりはある目利きのいい商売人から始まります。清の時代に生まれた楊全仁は、全聚徳の創業者で、もともとは鶏や鴨を売る商売人でした。当時でも北京一の繁華街の「前門」で商売をやっていて、商売の才能があり売り上げはどんどん伸ばしていました。彼は毎日仕事に向かう途中、「徳聚全」という干し果物の店の前を通るですが、看板が立派な店だが、眼に見えるスピードで経営苦に陥ってしまいます。このチャンスを掴み、1864年、楊全仁は長年の貯金を使い、この店を買いました。



ようやく自分の店を手に入れたが、どんな名前をつけたらいいか悩む楊全仁は風水の先生を雇い、悩みを相談しました。店を二週回り、その先生は「ここは商売にとってすごくいい場所ですが、前の店は長続きしないことから、その厄払いが必要だ」といい、前の店の名前を逆にするというアドバイスを与えました。

名前を変えたら、楊全仁はそれを北京ダックの専門店と買え、本業を発揮し、鴨選びをしっかりして、腕のいい料理人に任せ、従来の作り方を改良し、脂っこくないが香ばしい北京ダックを作ることに成功しました。生まれて百日以下で、しかも体重は2.5キロ超えの鴨でしか使わないことも、いい味を出せるためのこだわりで、それが今に至り、本店を除き、ほかのところにも店を出し、北京ダックの代名詞ともなりました。

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住所:北京市前门大街30号


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