中国の昔話・「動く石臼」

2018-06-24

いつのことかはっきりわからん。七里渡というところに郭二という豆腐売りがいた。郭二は、毎朝早起きして豆腐を作り、それを天秤棒で担ぎ町に出ては歩き売りし、売り終わるといつもの酒屋で、茹でた落花生、あるいはほかの安いつまみで酒をちびりちびりやってから家に戻った。そして飯を食ってからすぐに寝た。というのは豆腐を作るため、翌日また夜半に起きなくてはならないからだ。

と、この日、郭二は豆腐を売ってからいつものようにかの酒屋で飲み終わり、さて帰るかと腰を上げようとしたとき、秦三という男が酒屋にやってきた。秦三は郭二と同じように酒が好きで、いつもこの店に来るので、二人はいつの間にか顔見知りになってしまったという仲。秦三は郭二より二つ年上なので郭二は彼を「秦兄い」と呼んでいる。

「おう。秦兄い、仕事は終わったのかい」

「おう、郭二じゃないか」

「わしはもう飲んだからこれで帰るが。どうしたい?嬉しそう顔してるな」

「ああ。実は、今日は一儲けしてよ、懐具合がいいので、これからわしに付き合えよ」

「いやいや。あまり飲みすぎると夜中に起きられなくなるからよ」

「まあ、そんなこと言わずに付き合ってくれよ。おい、店の若けえの!上等な酒とうまい肴をもって来いや。今日は景気よくやるからよ」

「へい!まいどありい!」

酒屋の若いものはこの注文を聞き、ニコニコ顔で酒と肴をとりにいく。

「おい、おい!秦兄い、いいのかい?贅沢したりしてよ」

「安心しな。今日は機嫌がいいから楽しくやろうぜ」

これに郭二は少し考え、まだ早いかと秦三の好意に甘えることにして秦三と一つの卓に着いた。やがて上等な酒に二皿のうまそうな肴が運ばれてきたので、二人は酒を酌み交わし始めた。そのうちに秦三が言い出した。

「おい。今日は飲み比べしようぜ。郭さんはゆっくり飲むが、かなりいける口だ。つまり、あんたの酔った顔を見たいんだよ」

これに郭二は苦い顔をしたが、今日は秦三はまとまった金を稼ぎかなり機嫌がいいんだと悟り、その上、一度自分がおごったことがあるのを思い出して、黙ってニコニコしていた。

「どうだい?今日は二人でどっちが強いが試してみようじゃないか」

この声が大きかったのか、これを耳にした周りの呑み助も喜び、わいわいと声を出し、二人の酒豪の対決だなどをはしゃぐ。これに秦三も喜び、店の若いのに酒甕をもって来るよう言った。そしてにこのぎやかさを耳にしたのか数人の通りがかりの人までが面白半分に店に入ってきて、見物するかたわら自分たちも酒を注文する有様。これを喜んだ店の主は、「さあさあ、今日のこれからの二人の飲み代はわしのおごりだ!だから安心してくださいな」と叫ぶ。

これに野次馬であるほかの客が「いいぞ。やれやれ!はじめろ!」と油を注ぐ。こうして郭二と秦三は、互いに相手を睨み、「あんたが先にぶっ倒れるよ」、「酔いつぶれるのはおまえさんだよ」と言い合い、店の若いのが運ばれた酒甕からそれぞれ二人の目の前に置かれた大きな盃に酒を注いだので、二人は時々肴をつまみながらぐい飲みしはじめた。

こうして三つ目の酒甕をあけたころ、郭二が言い出した。

「まった、まった秦兄い」

「なんだい?なんだい?もう降参かい?」

「いやいや。まだ序の口だよ」

「それじゃあ、どうしたってんだい?」

「秦兄い、これも勝負だろ?」

「そりゃあ、そうだな」

「じゃあ、わしがもし負けたら、こうしよう」

「え?」

「明日から一年、兄いにただで豆腐を食べてもらおう」

「おお。いいねえ。お前さんの作った豆腐はうめえからな」

これを横で聞いていた店の主、「秦さんよ、あんたはどうするんだい?」

「え?。そうだなあ、うん、もしわしが負けたら・・・。えーっと。わしが負けたら・・。そうだ、わしにあるのは力だけ。だから負けたら、毎日お前さんの家でいって一年間石臼をまわそう」

これに店の主は、「これで決まった。さ、勝負を続けろ」とわめいた。こうして二人はまたも飲み始め、やがて6つ目の酒甕が空になった頃には、二人は、かなり酔い、そのうちに秦三が倒れてしまった。これをみた郭二は、なんとか家に帰らなきゃと、天秤棒をぶら下げ、千鳥足でどうにか家に戻った。

郭二はこの日は飲みすぎた上に、帰る途上で冷たい風に吹かれ、夜には熱を出してしまい、翌日は起きられす、豆腐も作れなかった。

さて、その次の日、郭二の熱はいくらか下がったが、まだよくならないので豆腐作りはできずにいた。そしてその翌日の夜中に妻に起こされた。

「ねえ。おまえさん、おまえさんたら」

「何だよ。まだ夜中だろう」

「ちがうんだよ。おまえさん、聞いてみな、うちの石臼が回っている音が聞こえるよ」

「なにをいう。こんな夜中に石臼が勝手に動くものか」

「ちゃんと聞いてみなよ」

こういわれて郭二が耳を澄ますと、庭の小屋から石臼が回る音が確かに聞こえる。

「なんだい?隣か?一言声をかけてくれりゃあいいのに」

こうして郭二は服を着て庭の小屋に入った。そこでは臼がまわる音だけがするので「いったい誰だい?こんな夜中に」と明かりをつけてびっくり。なんと、小屋には誰もいないのに石臼が自分で動き、水につけた大豆をひいているではないか!それに大豆を掬う瓢箪も勝手に動き、大豆を臼の上の穴から絶えず足しており、ひかれて細かくなった大豆は二枚の臼石の間からあふれ出て、溝を通って下の桶の中へ流れ落ちているではないか。これを一緒に部屋から出てきた妻もあっけに取られてしばらく見ていた。

「これはいったいどうなってんだ?!おい。石臼よ!止まれ!止まれ!」

郭二がこう叫んでも、石臼はなおも動いている。こうして大豆はひき終り、石臼は動きを止めた。こうなっては郭二も仕方なく、妻の手伝いもあって豆腐を作ることになってしまった。しかし、郭二は、どうも風邪をこじらしてしまったらしく、出来た豆腐を担いで町に出ることもできない。そこで妻は親戚の甥に豆腐売りを頼んだ。

そしてその翌日の夜半に、また同じことが起きた。郭二夫婦ははじめは不気味に思ったが、石臼が自分で大豆をひいてくれ、その音を耳にしてからも寝ることが出来たので、これは助かると黙っていることにした。こうして半月あまりが過ぎた。もちろん郭二の風邪も治り、この日は自分で豆腐を担いで町に出た。そして豆腐を売り終わり、前のように例の酒屋に行くと、かの主が出てきて聞く。

「郭さんよう。半月ぐらい顔をみせないがどうしたんだい?」

「いやね。あの日、秦さんと飲み比べをした帰りに風邪を引いてしまってね。これをこじらし、ずっと寝込んでいたんだよ」

「そうかい」

「そんなことより、あの日、秦さんはあとどうなったい?」

「え?あんた知らないのかい?」

「知らないって、秦さんどうかしたのかい?」

「秦さんは死んだんだよ」

「なんだって!!?秦兄いが死んだ?」

「ああ。あの日、秦さんはあんたが帰った後しばらく寝ていたが目をさましたあと、ふらふらして帰っていったよ。しかし、その次の日に、秦さんは渡し場で重い荷物を担ぎ、どうしたことか、川に落ちておぼれて死んでしまったんだよ」

「ほんとかね!」

「こんなことで人にうそをつくと罰があたるよ。そうだ。秦さんはあの日、目を覚ました後、わしは負けたんだ。約束どおり、郭さんの石臼をまわさなきゃあと言い残して帰って行ったぞ」

「ええ?石臼をまわさなきゃあと言って?」

「うん、確かにそう言ってたな」

これに郭二ははっとなった。これまで毎晩家の石臼が一人で動くのは、秦三があのときの約束を果たしているのだとわかった。しかし、郭二は、このことは口にせず、いそいそと家に帰り、妻にこのことを話した。これに妻もびっくりしたものの、秦三の人柄に感心して黙っていることにした。

こうしてそれから一年近くが経った。もちろん石臼は毎晩動き、郭二の豆腐は今までどおりよく売れ、その暮らしも豊かになっていた。

さて、秦三と飲み比べをしたあの日からちょうど一年目の夜、郭二は上等の酒と肉や魚の料理を作り、これらを石臼がある小屋においた卓に並べ、妻と共に跪き、お椀に酒をついでそれを手に天を仰いだ。

「秦兄い。これまで一年間ありがとう。あんたが助けてくれたおかげでわしの商いもよくなり、こうして上等な酒までかえるようになったよ。ご苦労様でした。今夜は十分飲んで休んでくれ。そして明日からは自分のことをしてくれや」

すると、どうしたことか、見えない手が郭二の腕をつかみ、その手からお椀を取っていき、誰かが一気に酒を飲むようにお椀が傾き、お椀はそのまま郭二の手に返された。郭二がみると酒はなくなっているではないか。そして小屋の門がひとりでに開き、誰かが小屋から出ていく気配がした。これをみて郭二はいう。

「秦兄い、さようなら」

「中国国際放送局」より

中国国際放送局

モデルコース
人気おすすめ