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南湖島と慈禧太后にまつわる話

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「南湖島」には涵虚堂、广潤霊雨祠、鑑遠堂、月波階、澹会軒などの建築が現存しています。「南湖島」は頤和園の昆明湖の東南部に位置し、敷地の面積は1ヘクタールで、もともとは皇帝や皇后たちが月見をする為の場所です。

しかし、清朝の末期になるとここで水師演習の茶番劇が上演されました。その時は、頤和園を築くため、慈禧太后(西太后)は設立されたばかりの海軍の役所に手を伸ばして金をもらいました。それを隠すために、慈禧太后は昆明湖に水兵の練習のための「水師学堂」を建てました。



1889年慈禧太后は李鴻章に北洋水軍将兵計3000人を頤和園に転勤されることを命令しました。彼らは小さな昆明湖を大海に見立て、低火力の汽船を作戦艦にして、湖東水域に布陣します。そして西堤などに騎兵隊や路軍を設けました。当時慈禧太后は「南湖島嵐翠間」の「閲兵台」に座っていて、その周りには色とりどりの旗が掲げられ、非常に賑やかでした。

演出が始まると、いくつかの艦隊が東から西へ進んだあと、水兵たちは様々な水上や潜水ショーをします。同時に路軍騎兵隊は岸辺で勢いよく旗を振り、吶喊していました。また海陸両軍が協力し、礼砲が鳴り響き、共同に慈禧皇太後が「萬壽無彊、萬壽無彊」と歓呼しました。結果的に「萬壽無彊」の歓声の中で、北洋艦隊は全滅されました。それと同時に、「維新変法」の運動も密やかに醸されていました。

文・北京旅行網

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