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「混雑」を避けられるニッチな胡同観光スポット

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 北京には七千あまりの胡同(北京旧城内の路地)があるといわれている。地元の文化を体験したいなら、胡同巡りが必要だ。南鑼鼓巷、煙袋斜街などは北京胡同の代表的な観光スポットとして、毎年多くの外国人観光客の中でも人気がある。しかし、大型連休の間に混雑や車の往来を避け、昔からの北京の胡同の文化を十分に体験したいなら、独自の歴史と物語を持つ胡同ニッチな北京胡同がおすすめ!

東交民巷

 東交民巷は北京・東城区に位置し、全長1552メートルで、北京にある最も長い胡同として知られている。地下鉄2号線「崇文門駅」が一番近くて、駅から3・4分歩くと、すぐこの通りに出られる。賑やかな王府井大街からさほど遠くないところに、こんな静かなところがあるのは驚き。車も人もあまり通りない。

 昔は中国の南方地方から水運で運ばれた米などの荷物を積み下ろす時に使う場所だったから、「東江米巷」とも呼ばれた。 アヘン戦争が勃発してから、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、ロシアなど多くの国が東交民巷に大使館や銀行を建て、後に「大使館街」と改名された。新中国(中華人民共和国)が成立してからも大使館エリアとして役割を果たしたが、1959年から各国の大使館は徐々に新しい大使館エリアに移動し、この胡同の名前も「東交民巷」に戻った。今の「東交民巷」は文物保護区として、多くの西洋建築が歴史を語っている。

 外国人が多く住んでいたので、この付近には教会や教会堂がとても多い。有名な「東交民巷天主堂」は、天井が高いゴシック様式で作られた豪華なカトリック教会。教会だけではなく、他の大使館や銀行、郵便局の建物の一部もそのまま残されている。 高く聳える木々と色鮮やかな屋根が特徴的な建物が他の胡同の風景と特に異なっているところだ。北京の知られていない一面が窺える。秋の天気のいい日には、木漏れ日の中で散策するのがとても気持ちがいい。また、冬になると違う風景も楽しめて、人々を癒してくれる北京の穴場スポットの一つなのだ。

楊梅竹斜街

 楊梅竹斜街は東北から南西に走向を振るので、明時代に「斜街」と呼ばれてきた。数々の美しい建築物と文芸的なお店が多く、近年では観光客からの人気が急上昇しているが、今の楊梅竹斜街は、南鑼鼓巷が有名になる前の一番とんがっていた頃に似ている。

 清朝時代に官僚が多く住んでいたエリアである南鑼鼓巷と違って、楊梅竹斜街は、前門に近い商業エリアにあるため、はじめから通りの雰囲気が異なる。また、民国時代の建物が数残る楊梅竹斜街ではその時代の自由な雰囲気が漂っている。 楊梅竹斜街を歩くと、多くの西洋とアジアのスタイルをした洋館の建物が目の前に現れる。

 ご周知のように、楊梅竹斜街は、清朝末期から民国時代にかけて世界書局や大衆書局など7つもの出版社があった通りだ。中には模範書局という書店、世界書局の旧址などがある。それ以外に、買い物、カフェ、賭博など様々な楽しみ方ができた場所として、魯迅も通ったと言われている。

 賑やかな南鑼鼓巷と比べると、楊梅竹斜街はのんびりしている。多くの店は11時すぎにオープンし、午後8時前には閉店してしまう。今の楊梅竹斜街は、有名になる前の段階で、今がまさに観光の一番時期と言える。

磚塔胡同

 「磚(セン)塔胡同」は北京の西四近くにあり、歴史が最も悠久な胡同の一つとして知られる。この胡同には、「北京で一番古い煉瓦の塔」である万松老人塔という古塔があるために、この名前で呼ばれるようになった。

 胡同の中にそびえたつ青レンガ造りの古塔は、元の時代の宰相・耶律楚材が師事した金・元時代の高僧・万松老人を偲んで建てられた。古塔は今までおよそ700年の歴史を有しているので、磚塔胡同もほぼ同じだ。

 万松老人(1167~1246年)は、南宋から元初の曹洞宗の僧で法名を行秀といい、彼の遺骨を安置するために、この塔が建てられた。今では「正陽書局」という古本屋の所有となっており、無料で見学することができる。この古書店灰色の塀に囲まれた伝統的な四合院の中にあり、扱っているのは主に「老北京」(昔の北京)に関する本だ。書架の本は、老北京の風物、歴史、建築、文学などテーマごとに丁寧に分類されている。書店にはネットで人気を呼んでいる「磚磚」と呼ばれる猫もいる。

 「磚塔胡同」には、万松老人のほかに、もうひとり有名な人物が住んでいた。それはかつて日本で留学した経験もある中国の口語体小説の生み親である魯迅だ。 魯迅は1881年に浙江省紹興で生まれ、1902年、彼が21歳の時、日本に公費留学に行った。7年間の日本留学を終え、1909年に中国浙江省に戻り、1912年に中華民国の成立とともに北京に入り、1926年までの14年間、北京で暮らしていた。魯迅は弟周作人との不和によって、1923年7月“磚塔胡同61号(現84号)”に引越した。この30㎡足らずの狭い家で、魯迅は『祝福』、『幸福の家庭』などの作品を創作した。

五道営胡同

 ちょっとおしゃれなレストランやショップが並ぶ五道営胡同は、北京最大のチベット仏教寺院である雍和宮の近くにある。三百年前、五道営胡同は明王朝の守衛が宿泊する場所であった。清の時代になり現在の名前である五道営という名前が使われるようになった。現在の五道営は綺麗に整備され、屋根瓦も綺麗になり、草花も植えられ、近年になって賑わうようになった。

 五道営胡同は約200メートルの長さがある。遊歩道の両側にはレストラン、喫茶店などのお店が並ぶ。和食のお店、お寿司屋さんなどもある。古めかしい北京の雰囲気を漂わせつつも、西洋の香りがしてくる。若者にとって、文芸的な雰囲気を体験できる素晴らしい場所といえるだろう。

 国内外からの観光客も多くにぎわっていながら、南鑼鼓巷ほどガヤガヤ混雑していないのもとてもいい。冬の午前、ここは非常に静かである。ゆっくりと北京を感じることができる。南鑼鼓巷のような黒山の人だかり胡同へ行きたくなければ、五道営胡同を観光するのはいいチョイスだろう。

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