中国屈指の名園:頤和園

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 頤和園はもともと清の皇帝たちの行宮と庭園でした。その前身は清漪園であり、「三山五園」の中では最後に築かれた庭園です。

 頤和園は1750年に着工され、1764に完成しました。面積は290ヘクタールで四分の三は水面です。 乾隆十五年(1750)年、清漪園が築かれ、両側の四つの庭園を一つの整体に繋げることによって、清華園から香山までの長さ20キロもあった皇族専属の庭園区が出来たのです。

 咸豊十年(1860年)、清漪園が英仏連合軍によって焼き払われました。光緒十四年(1888年)、西太后が海軍の軍事費を調達する名義で、3000万両白銀を費やしてここを再建し、頤和園と改め、避暑地としました。光緒二十六年(1900年)になると、頤和園は「八か国連合軍」の侵入によって破壊され、数多くの建築物が焼失しました。光緒二十九年(1903年)、頤和園は修復されたが、その後の国民党治下で混戦する軍閥によってまた破壊されました。1949年以降、政府が絶えずに支給してくれた資金による復旧作業が行われてきました。1998年11月に、『世界遺産リスト』に登録されました。今でも、数々の世界一、中国一を誇っています。

 頤和園は伝統的な庭園芸術の集大成です。万寿山、昆明湖をその枠とし、周辺の山水を借景し、中国の皇族庭園の雄大さを見事に演出しながら、自然の趣も感じられるような、「人によって作られ、自然によって開かれる」という鉄則を徹底的に守りきれた傑作です。頤和園では、あずまや、回廊、殿堂、お寺、小橋などの人工的な風景は、自然の山と広々とした湖と、調和のとれた形で一体感を持っています。庭園全体の構造は芸術的に考えても巧みで中国庭園の代表的な作品です。世界の庭園の歴史においても、重要な地位を持っています。

住所:北京市海淀区新建宮門路19号

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