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連休は北京周辺へ!絶対に行くべき天津の観光スポット

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 今年のゴールデンウイークは五日間もあります!みなさんはどこへ遊びに行くつもりですか?本日はは天津の観光地をご紹介いたします。古文化街観光区、国家海洋博物館、浜海新区図書館、石家大院…どれも素晴らしい観光地であり、行くたびに新たな風景が見られます。ご参考になれば幸いです~

 天津古文化街観光エリア

 古文化街は天津の「発祥地」にあります。后天宮を中心に、南は水閣通り、北は通北路、東は張自忠路、西は東馬路。全長687メートルのこの文化街は、清代の民間の建築様式を模した商店街です。街区の配置、建築のスタイルはもとの古文化の街の構成を維持し、店舗は清代の「小さい、便利、実用的」という理念を継承しました。大都市の真っ直ぐな大通りではなく、自然にくねくねとしてる道は古めかしい雰囲気に満ちています。

 天津の東は渤海、后ろは北京。昔から交通の中枢として人の往来が絶えませんでした。后天宮は水運が著しく発展した時代に、海神を祭るために構築した廟堂です。中国では后天宮のような西向けの廟堂は珍しいです。

 その后、この街はどんどん発展し、やがて宮前市場となりました。泥人張、楊柳青年画、古画、文房四宝店、切り紙、凧、刺繍及び各種類の津門グルメが集まり、にぎやかな街となりました。現在、天津は高層ビルが林立する都市に変身しても、ここでは明清の雰囲気が残されています。建築の様式や店舗の装飾な、販売されている商品も「明清スタイル」です。

 1.天后宮

 天后宮はここで最も重要な建物です。1326年に建てらたこの廟堂は、福建省の林黙娘という女性が村人を海難から守ったという伝説に由来しています。その伝説の影響で媽祖(まそ)文化が古代中国で盛んになり、沿海地方の人民の信仰となりました。北地方の人は媽祖のことを「娘娘」と呼んでいます。娘娘の誕生日や春節になると、多くの人がここへ参拝にきます。

 2.通慶里

 通慶里では1913年に建てられた中西折衷の建築群であり、住宅として用いられます。昔、通慶里は銀号(昔の銀行)として使われ、その後住宅となりました。修繕される前には72の家族が在住していました。路地の入口にある過巷楼路の上に、蝶の形をした透かし彫りの木彫りがはめ込まれています。「蝶」は「福」が飛来するという意味であり、透かし彫りは「順調」という意味があります。合わせて「通達吉慶」となり、頭と尾の二文字を取り、「通慶里」という名付けられました。

 2003年の天津海河総合開発及び古文化街の改造工事において、天津不動産総社は通慶里の一部の壁に浮き彫りを六枚追加しました。それぞれ東側の「黄大門」と「潞河督運図」、西側の「文明娶親(結婚披露宴のマナー)」、「天津衛洒落写真」、「竹馬」と「竜舟」です。全部生き生きとしていて面白いです。昔天津の結婚披露宴などの民俗を再現しました。

 3.玉皇閣

 この道教建築は、天津市内に唯一残された明代建築です。明代宣徳年間(1427年)に建てられ、清代に修繕されました。

 現在、主要部分である玉皇閣などしか残されていません。横幅5間、奥行き4間、二階建ての建物は緑色の瑠璃瓦に覆われています。二階の回廊で景色を眺めることができます。

 4.玉皇大帝

 この銅製の鋳像は天津市街区に現存する最も古い木造の高層建築です。昔、人々が重陽節に高いところに登る習俗がありました。

 5.天演広場

 ここにある銅像は、近代中国で有名な維新運動の提唱者である翻訳家の厳復さんです。彼は進化論を武器に、人々に「自彊保種」を提唱し、危機に陥った民族を救おうとしました。毛沢東主席から「中国共産党が誕生する前に欧米に真理を求めた代表人物」と評されました。

 厳復さんは天津で「国聞報」を創設しました。かつて厳復さんの在住した古文化街の大獅子胡同はすでに消滅しました。旧居から改造された天演広場には厳復銅像と天演論石刻が置かれています。

 6.泥人張

 天津泥人張は天津の重要な民俗文化の一つです。創始者の張明山さんは子供の時から泥人形の芸を身につけました。彼は茶屋で芝居を鑑賞する時も袖の中で泥人を作っていたそうです。芝居が終わったら、素敵な泥人も完成しました。生き生きとした泥人は人気を博しました。今は泥人張が日常生活を創作の主旨とし、有名人の泥人形を作っています。市井に生まれた泥人張は庶民に親しみながら、オシャレな作品で生命力を維持しています。

 7.楊柳青年画

 楊柳青年画は明代崇禎年間に生まれ、宋と元の絵画の伝統を継承し、明代の木刻版画、工芸美術、演劇舞台の形式を参考にし、木版印刷と手作りの色絵を融合させた方法で生き生きとした作品を作り上げます。すでに「第一陣国家無形文化遺産」に入選しました。

 8.聯升斎

 古文化街には聯昇斎という刺繍のお店があります。百年以上の歴史を持つ老舗は、清末から刺繍の輿や花嫁の服飾などの商品で有名です。清朝末期、婦人刺繍工科の総教習を担当していた蘇繍の名手である沈寿さんが天津に来て塾を開設しました。そのおかげで、天津では多くの蘇繍の名手が現れました。1893年に、ある服屋が開業しました。この店はまさに「聯昇斎」です。聯升斎の刺繍は蘇州刺繍に由来しています。

 9.特色ある体験

 本場の茶湯を飲んだり、熟梨糕餅を食べたり、吹糖画を見たり、漫才を聞いたりして、民俗博物館で天津の伝統文化を体験しましょう。

 1キロしかない通りですが、古い天津衛の雰囲気を味わうことができます。この通りで天津を満喫しましょう。

 天津盤山観光エリア

 盤山は天津市薊州の西側に位置しています。巨大な竜のように北京の東側と天津の北側を繋がっています。運がよければ雲海が見られます。四季折々の景色があり、特に春末から初夏にかけては、色とりどりのお花が咲き乱れ、実に美しいです。

 ここは自然景観、名所旧跡、仏教文化、皇室文化が融合した総合的な観光地です。多くの帝王将相や、文人墨客がここに訪ねました。特に清乾隆帝は32回もここに訪ね、盘山を詠んだ詩作1702篇も残しました。

 ここには自然景観と仏教のお寺が多くあります。多くの文人墨客がここで礼仏したり座禅したりし観光したりして、無数の名句や書道作品を創作しました。そのため、盤山には文化的な雰囲気に満ちています。

 4月の盤山はすでに緑に茂っています。清明節の後、天気が暑くなりました。重厚な冬服を脱ぎ、暖かい日差しを浴びながら、大自然に溶け込みましょう。

 爽やかな風が、登山中にかいた汗を乾かしてくれます。山頂から眺め、まさに「一覧衆山小」という名句の通りです。景色が本当に素晴らしいです。青々と茂っている松林が日差しを浴び、美しく輝いています…

 住所:天津市薊州区官庄鎮蓮花嶺村

 「天津アイ(天津の目)」観覧車

 天津アイは世界で唯一の橋と一体化された観覧車であり、河海の上にはめ込まれたきらきらと輝く真珠とされています。観覧車から河海全域の景色を見渡すことができます。

 観覧車の直径は110メートル、360度の透明な席が48つあります。一つのゴンドラには最大8名の観光客が乗られ、384名の観光客が同時に乗ることができます。

 天津のランドマークとして、「天津アイ」は人気を集めています。天津アイの全称は「天津永楽橋観覧車」であり、川の上に跨り、観光と交通を兼ねた機能を備えています。

 それはまるで時間の歯車のようにぐるぐると回りながら、幸せに対する期待を人々の心に刻んでいきます。

 住所:天津市紅橋区三叉河口永楽橋

 国家海洋博物館

 「海上故宮」と称される国家級海洋博物館は、開業した日から浜海新区に輝く真珠となりました。本当に行ってみる価値がありますよ!特に子供連れの方にお勧めします。

 展示室の面積は約2.3万平方メートルで、海洋自然展示区、中華海洋文明展示区、海洋インタラクティブ展示区、宣伝教育中心区、海洋生態展示区、ハイエンド協力及び臨時展覧区という6つ展示区に分かれています。また記念品ショップ、レストラン、カフェ、映画館なども設けられていますので、一日中楽しめます。

 ここでは地球、海洋、生命、人類および共生システムなどに関する展示が見られます。人類と海洋の調和を強調し、海洋を大切する意識を宣伝しています。

 住所:天津市浜海新区中新生態城海軒道377号

 浜海新区図書館

 浜海図書館に行ったことはありますか?「目」の形をした透かし彫りの装置は印象的です。一階から三階まで、すべて真っ白な本棚に囲まれています。このような視覚的衝撃は現場に来てこそ感じられます。

 開放的な文化空間の上には内から外へに広がる環状線で飾られえいます。棚田のように重なり、「無限の文化の海」という意味があります。ここで一日中本を読んでも退屈ではありません。

 住所:天津市浜海新区旭昇路347号

 周恩来鄧穎超記念館

 周恩来鄧穎超記念館は1998年に建てられました。敷地面積は7万平方メートル、建築面積は1.3万平方メートルです。現在は全国愛国主義教育模範基地、全国廉潔政治教育基地と国家一級博物館です。記念館の一般陳列は3つの展示区に分けられています。それぞれ中央展示室、模造した北京中南海西花庁の特別展示室とチャーター機の展示室です。

 西洋庁西花庁は1960年代の中南海の西花庁の配置をまねて作り上げました。前後の2つの展示室に分けられ、復元の陳列品と文化財の陳列品があります。周恩来と鄧穎超に関する文化財が2000点近く展示されています。

 西花庁展示区の裏庭には復元された周恩来事務室、鄧穎超事務室兼寝室、居間、卓球室などがあります。実物の復元という直観的な手段を利用し、周恩来と鄧穎超の仕事と生活環境を再現し、彼らの勤勉、愛民、奉公などの崇高な品格と精神を見学者に紹介しています。東と西の厢房は「偉大な情懐」というテーマの文化財が陳列されています。110点余りの文化財は周恩来と鄧穎超が夫婦、家族または革命の同志としての物語を語っています。それを見ると、まるで直接的に彼らと交流しているような気がします。

 周恩来生涯展示室は「人民総理周恩来」をテーマにし、三つの部分に分けられています。第一部分―真理を追求すること、第二部分――民族解放のために勲功を立てること、第三部分は人民のために一生を捧げること。民族英雄、党の指導者、開国元勲、人民公僕、世界的な偉人としての周恩来総理の歴史的貢献を展示しています。

 毎年、全国各地の党員幹部が周恩来鄧穎超記念館を見学しています。周恩来と鄧穎超の塑像の前で、党旗の下でもう一度宣誓します。周恩来を始めとするプロレタリア革命家の偉大な功績と崇高な精神はいつまでも中国人民を励ましてくれています。

 泰達航空母艦テーマパーク

 天津泰達空母テーマパークは国家4 A級観光地です。航空母艦の「基輔号」、退役駆逐艦、潜水艦及び2隻の護衛艦が壮大な「空母編隊」となっています。航空母艦、武装設備、テーマショー、会議、訓練、国防教育、娯楽、映画撮影という8つの機能が一体化した大型軍事テーマパークです。

 住所:天津市浜海新区漢北路269号

 梨木台観光エリア  

 「童話の世界」とされた九寨溝は神秘的で美しいですが、北京から遠いです。実は天津にもこのような「九寨溝」があります。それは四川の九寨溝ほど賑やかではありますが、美しい景色があります。

 清いせせらぎや、蒼々と茂った森林、新鮮な空気、壮大な岩画…自然の不思議さが観光客を魅了しています。ここは国家4A級観光スポットの梨木台です。

 ここの地質景観が独特です。薊州国家地質公園の典型的な石英岩峰林峡谷という地相であり、岩画嶺、登天縫、五指山、万巻天書などの自然景観が印象的です。

 都会の喧騒から離れ、梨木台で大自然の魅力を満喫しましょう。

 住所:天津市薊州区薊州下営鎮船室峪村北

 石家大院

 石家大院はもともと清朝末期の「天津八大家」の一つとされた石元士の住宅です。1875年に建てられ、140年の歴史があります。

 敷地面積は77500平方メートルであり、十八の庭が含まれています。かつては「華北第一宅、天津第一家」とされていました。石家大院の四合院は庭園の中にまた庭園があります。左右対称の構造は美しく、レンガと石の彫刻も独特な魅力を持っています~

 古めかしい建物はまるで風俗画のようです。まさに「五歩一楼,十步一閣;廊腰缦回,檐牙高啄」という名句の通りです。午後、斜陽を浴びながら、庭園を散歩すると、石家の百年の歴史と楊柳青文化を感じることができます~

 石家大庭には楊柳青の泥人形と彫刻が陳列されています。生き生きとしていた彫刻は観光客を魅了しています。

 また、ここには華北ひいては全国現存の最もよく保存された明清時代の煉瓦の彫刻と劇場があります。祝日になると、劇場では伝統的な音楽が演奏され、独特な「堂会」ショーが観光客を夢中にさせています。

 泥塑石刻でも劇場でも、ここの古めかしい雰囲気を満喫することができます。庭園でレンガや石の彫刻を鑑賞したり、鳥の鳴き声を聞きながら花見をしたりしましょう。古い灯籠さえ昔の物語を語っているようです。

 「人生は芝居のごとし、上手な役者が乞食になることもあれば、大根役者が殿様になることもある」と福沢諭吉が言ったように、劇場で折子劇を見てながら人生の無常を味わいましょう。舞台では無数の人生が演じされていると同時に、現実にも芝居のような人生を送っている人がいるのではないでしょうか。ここに訪ねた観光客は、誰でも目の前の景色に感動してしまいます。

 ここは古い町だけではなく、民間芸術の聖地です。北京から天津までは車で30分もかからないので、週末は石家大院でゆっくりと過ごしましょう。

 住所:天津市西青区楊柳青鎮估衣街47号

 天津五大道文化観光エリア

 五大道は天津中心城区の南部にあり、東と西には中国西南地方の「名城」の重慶、大理、常徳、睦南及び馬場という五つの通りが並んでいます。これまで中国で最もよく保存されたこの洋館建築群は、天津人に「五大道」と呼ばれています。

 五大道地区には1920年代に建てられた異国風の花園式の家屋が2000棟以上あり、建築面積は100万平方メートル以上です。その中で代表的な300棟余りの建築の中で、イギリス式建築、イタリア式建築、フランス式建築、ドイツ式建築、スペイン式建築、そして多くのルネサンス建築、古典主義建築、折衷主義建築、バロック式建築、庭式建築及び中西折衷式建築などがあり、「万国建築博覧苑」と呼ばれています。

 五大道は厦門の鼓浪嶼、青島の八大関のような爽やかな場所です。入場無料ですが、休日にもそれほど混んでいません。敷地面積が広いので、密集することはありません。どんな時でも静かに散歩することもできます。

 新華中学校、天津外国語大学、岳陽道小学校など、五大道には多くの名門校が集まっています。キャンパスはいつもロマンチックな雰囲気に満ちています。

 馬場道にある天津外国語大学はフランス式建築です。北疆博物館は天津外国語大学の中にあり、天津自然博物館の前身です。

 1.民園西里

 ここは上海の田子坊に似ています。上海では「里弄」といいますが、天津では巷子や胡同といいます。現代と古代の融合した雰囲気が魅力的です。

 あまり広くはありませんが、ロマンチックな雰囲気に満ちています。夏限定の市場が人気を集めています。

 2.張作相旧居

 張作相は民国時代の奉系将校であり、張作霖と張学良を補助し、奉系の元老の一人です。「九一八」以後は東北を離れ、張学良に身を投じ、東北軍に引き続き尽力しました。しかし、その後張学良は囚われたので、張作相は辞職して政界を離れ、天津に住むことになりました。40人以上の家族がいましたが、財産のほとんどは東北に残しました。東北が陥落した後、収益を全部失いました。張学良から15万元の援助がありましたが、張作相は倹約して暮らしていたそうです。

 3.顧維鈞旧居

 顧維鈞は江蘇嘉定出身です。顧氏は嘉定の大家で、彼は小さい時からとても良い教育を受けました。13歳で上海聖約翰書院に入学しました。その後、米国に留学し、コロンビア大学で国際法と外交学を専攻しました。帰国後、唐紹怡の勧めで、袁世凱大統領の英語担当の秘書を務めました。顧維鈞はパリ講和会議に参加した中国全権代表一人で、しかも一番若い方でした。日本代表は中国の主権を無視し、ドイツの山東省に関する権益を日本に譲ってもらうつもりでした。それを聞いて、顧維鈞はすぐに日本政府を批判しました。結局、中国代表は条約に署名しませんでした。北洋政府が走馬灯のように内閣を変えた数年間、彼は終始外交総長を務め、張作霖の時代には内閣総理も務めました。

 4.慶王府

 慶王府は全国重点文化財保護機構です。慶王府は「都市文化レジャースペース」と「歴史文化テーマホテル」から構成され、文化旅行とビジネス会議の機能を兼ねたレジャーリゾートです。

 1922年に建てられた慶王府は、元英租界で「華人建築のトップ」とされていました。清皇室第四代の慶親王に購入され、「慶王府」と名づけられました。慶王府の敷地面積は4327平方メートル、建築面積は5922平方メートルです。ハーフティンバー様式の二階建て(地下室あり)は「天井囲合式建築」です。当時の西洋化生活に適応しながら、中国の伝統文化の特徴も表しています。五大道洋館の中で「西風東漸(中西折衷)の典型的な建築です。

 5.孫殿英旧居

 1930年に建てられた孫殿英旧居は平和区睦南道20号―22号にあり、「特殊保護等級歴史風貌建築」です。

 三階建てのハーフティンバーです。正面の大型テラスは西洋の古典的な様式です。上には4組の絞縄式の柱が立てられています。この邸宅は1930年つまり東陵が盗まれた二年後、孫殿英が彼の妾のために購入したものです。この三階建て地下室付きの西洋古典公館は、今でもよく保存されています。

 五大道には洋館が数え切れないほどあります。長い歴史を誇る洋館の中で、歴史人物について詳しく知ることができます。

 寧園

 天津北駅の北側にある寧園は庭園式の都市公園です。清朝末期、民国と解放後に何度も再建され、各時期に残された景観建築と遺跡が非常に豊富です。ここはまた、天津市で現存する最大級の、最もよく保存された近代公共庭園です。

 寧園には橋29本もあります。古めかしい建築と豊かな自然景観の他に、塔、石碑、彫刻などはここの文化と歴史を観光客に紹介しています。

 住所:天津市河北区中山北路1号【李翊菡(実習) 訳】

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