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世界遺産に登録されている美しい建築群、その魅力は?

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 北京には7つの世界文化遺産があります。故宮、万里の長城、周口店の北京原人遺跡、天壇、頤和園、明・清王朝の皇帝墓群及び大運河です。そのうち、故宮、長城、天壇、頤和園、明・清王朝の皇帝墓群はそれぞれ個性的な建築様式があります。

 故宮博物院

 1987年にユネスコによって『世界の文化遺産』に登録され「故宮博物院」は北京で一番人気な観光スポットといっても過言ではないです。北京を訪れる観光客、特に初めて北京に来る人には、故宮は必見場所とされています。

 「紫禁城」とも呼ばれるここは現存する世界最大の木造建築群で、敷地面積は72.5万平方メートルで、東京ドームのおよそ15個分です。広い敷地に整然と並ぶ巨大な木造建築が素晴らしいです。

 建物自体が文化財として一般公開しており、さらに数多くの国宝がこの中に保存され、展示されています。故宮には、南北に通る中軸線に沿って宮殿建築が配置され、左右対称につくられています。その建築は配置と機能によって「外朝」と「内廷」に分けられ、皇帝の仕事と暮らしの場にもなっていました。乾清門を境に、南の方は外朝、北の方は内廷とされ、建築の雰囲気はまったく異なっています。

 「外朝」の中軸線には大和殿、中和殿、保和殿といった高い建築物があり、皇帝はここで大臣と面会し、国家権利を行使しました。「内庁」には乾清宮、交泰殿、坤寧宮といった宮殿があり、東西両側の東六宮と西六宮は、封建帝王と皇后、妃嬪達の居住した場所で、「三宮六院」と俗称されています。

 故宮の四面に城門があり、南の午門は現在、参観者の入り口となっており、北の神武門は主な出口の一つとなっています。そこから出ると、すぐ近くに景山公園があります。赤い壁に黄釉の瓦をいただき、柱や梁の表面は文様や彫刻で埋められ、きらびやかです。数多くの宮殿や楼閣からなる建築群は、壮麗で雄偉です。朝日と夕暮れの中の故宮は幻想世界のようで、ひときわ美しいです。

 今の故宮は博物館として、毎年多くの観光客が訪れ、四季に渡り風景も変わります。展示品はいずれも皇室で使われた品々で、当時最高の技術が詰まっています。美しい風景、貴重な文化財、長い歴史が感じ取れる建物、その故宮の全貌を見たくなってきましたか。故宮に行くには、すぐそばにある天安門も一緒に見てみましょう。

 住所:北京市東城区景山前街4号

 万里の長城

 1987年に世界遺産に登録された万里の長城は、中国にある世界遺産の中では極めて有名であり、数多くある北京の人気観光スポットの中でも大事な一位を取っています。中国には「不到長城非好漢(万里の長城を登らなければ、立派な男ではない)」ということわざがあります。「世界の七大奇跡」とも称され、険しい大地の中、人の手で作った防御工事は見る人を絶句させます。

 長城の材質は、建造当初は版築によって突き固めた土壁であり、乾燥地においては日干しレンガも用いられたが、明の時代にレンガが大量生産され安価となると重要拠点は次々とレンガ壁へと改造されてきました。特に防衛上重要だった北京周辺においてこの改造は重点的に行われ、八達嶺長城など現代において観光名所となっている長城のほとんどは煉瓦壁となっています。

 長城の幅や高さも時代が下るにつれて大きくなっていて、周囲の地形によってこれには変動があります。長城の上には200メートルから300メートルごとに敵台が設けられ、戦闘時の拠点となるよう設計されていました。敵台には望楼が設けられることもあります。

 実は万里の長城はいくつかの部分に分かれ、それぞれに違う場所から登れます。そこで、今回は初めて北京に来る人に紹介したいのは「八達嶺長城」です。八達嶺長城は最も早く一般公開された万里の長城で、観光設備も整っており、万里の長城の初心者でもきっとこの旅が楽しめます。

 天壇

 「天壇」は、明・清時代の皇帝が天を祭り、雨を乞い、五穀豊穣を願った専用場所で、現存する世界の最大規模、最も完璧に保全された祭祀建造物です。祈谷壇と圜丘壇を総称した「天壇」は、二重の塀に囲まれて、いずれも「南方北円(南は四角く北は丸い)」の形をとった内壇と外壇に区切られました。

 壇内の祭祀建築は四面も門が設置された内壇に集中しています。両壇を繋ぐ軸線は、長さ360メートル、幅28メートル、高さ2.5メートルの煉瓦敷台で、天につくには長い道を歩まなければならないという意味が込められています。

 「圜丘壇」は、かつて明・清時代の皇帝が天を祭る祭壇で、中軸線の南端に位置し、圜丘壇の北方向には皇穹宇があります。「祈谷壇」が中軸線の北端に位置して、主体的な建物が祈年殿ですが、壇内には他の建築や付属建築もあります。

 圜丘壇、祈谷壇の付属建築の多くはその東方向に位置するので、天壇の西地域を広く構築しました。内壇西天門内での南に偏る方向では城の堀に囲まれて、「斎宮」と称される宮城があり、それが皇帝が祭祀を行う前に「斎戒」するために籠もる所でした。

 天壇でもっとも有名とされる建造物の一つは祈年殿です。直径32メートル、高さ38メートルの祈年殿は25本の柱に支えられる祭壇で、現存する中国最大の祭壇であります。中国建築史上重要な建造物とされています。屋根は瑠璃瓦葺きの三層になっており、明の時代には上から青・黄・緑となっていたが、1751年にすべて青色に変えられました。「天壇青」は紺紫の釉色で、洋紫とも称します。青い空の下、天壇の青瓦が一層美しくなっています。

 住所:北京市東城区天壇東路甲1号

 頤和園

 総敷地面積は290ヘクタール、中国で現存する最大規模の皇室庭園である「頤和園」は、北京の人気観光スポットのひとつであり、日本でも有名なあの西太后の夏の離宮であります。

 北京の「江南」と言えば、多くの人が最初に頤和園を思い出すでしょう。この皇室の庭園は、江南の風情が溢れています。中には中国南の名所「西湖」を模した昆明湖、随所中国風が漂う宮殿とお寺、回廊や石橋など、美しい風景と芸術性溢れる古代建築があり、四季折々違う風景を作っています。

 中国風以外に、頤和園には「石舫」のような「洋館式」建築もあります。「石舫」の船体の長さは36メートルで、建築面積は326.2平方メートルです。巨大な石の塊で積み上げられ、二階の船室棟は木造ですが、いずれも大理石の模様に塗装されています。上部はレンガで装飾されています。舫内は洋風のれんがを敷き、門と窓の上にも特製のカラーガラスを象眼し、華麗を極めた設計です。船頭の柱に綺麗な彫刻が刻まれ、梁の下に「清晏舫」と書いた横額が掲げられています。

 石舫は実は中国の伝統的な木造の技術で作っもので、「清晏舫」の横額も中国式です。装飾は少し洋風の設計を入れただけで、 ただの船室棟ですが、北京建築史においては特別な意味を持っているので、「洋館式」における北京地区の代表作と言われています。

 住所:北京市新建宮門路19号

 明・清王朝の皇帝墓群

 明・清王朝の皇帝墓群は中国の古代王朝である明と清ならびに清の前身後金の25人の皇帝の陵墓を含む、ユネスコの世界遺産に登録された物件の総称です。最初の3件は2000年に登録され、2003年と2004年に数件ずつが追加登録されました。

 清東陵(2000年登録) 

 清東陵は、中国に現存する王室文化、孝行文化、葬儀文化、碑文篆刻、建築芸術を統合した体系が最も完璧で、配置が最も工夫した皇帝陵墓建築群です。

 清東陵は順治18年(1661年)に建設されました。80平方キロメートルの保護エリア内には、15の墓と580以上の単独建物があり、5人の皇帝、15人の皇后、136人の妃、3人の兄弟、2人の王女、合計161人がここで埋葬されています。その中には、清朝初期の女性政治家で、順治帝・康熙帝を補佐した孝荘文皇后や、「康乾盛世」を作った康熙帝・乾隆帝、清朝末期に垂簾聴政で48年間中国を統治した慈禧太后など、清朝の歴史に重要な影響を与えた人物が多く含まれています。これらの人物はいずれも清朝の歴史の中で重要な役割を果たし、国の運命を左右し、天下に君臨しており、国内外でよく知られています。

 住所:河北省唐山市遵化市六盤営村清東陵支線

 清西陵(2000年登録)

 典型的な清王朝の古代建築群である清西陵の総面積は237平方キロメートルです。中国で最大級で保存状態が最も良い現存の皇帝陵墓群として、ここは4人の皇帝、9人の皇后、57人の妃および親王、王子と王女と合わせて76人がここに埋葬されています。中には清が3代目の雍正帝を埋葬した泰陵、5代目の嘉慶帝を埋葬した昌陵、6代目の道光帝を埋葬した慕陵、9代目の光緒帝を埋葬した崇陵、孝聖憲皇后(乾隆帝の母親)の泰東陵、孝和睿皇后(嘉慶帝の皇后)の昌西陵、孝静成皇后(道光帝の妾)の慕東陵、ほかに妃の陵が3つ、親王と王女の陵が4つ、合わせて14カ所あります。そのほかに中国のラスト・エンペラーといわれる宣統帝(溥儀)のために陵墓を築造しようとしたが、清王朝が滅びたため未完成のままで終わったのです。

 住所:河北省保定市易県112国道

 明の十三陵(2003年登録)

 北京市昌平区の天寿山の麓に位置する明の十三陵は明の十三人の皇帝の陵墓群です。東、西、北三方を山に囲まれ、南に龍山、虎山が向かい合い、温楡川がそのうちを流れています。本当に素晴らしい地理環境に恵まれていると言えます。

 明の十三陵の建設は、1409年永楽帝の「長陵」から、1644年崇禎帝の「思陵」まで、235年間にわたってついに80平方メートルの陵墓群を形成させました。十三陵には皇帝と皇后の合葬墓が13基、妃の墓が7基、宦官の墓が1基あります。 そのほか、「九龍池」「聖跡亭」「仙人洞」など名所旧跡もあります。明の時代、十三陵は厳重に警備されたところです。陵園の正門としての南にある大宮門の左右には、それぞれ石碑が聳え、その上には、「役人らはここに至りて下馬せよ」という楷書が刻まれています。

 重要な祭りを行う場合、大臣や皇帝までもここで馬やかごから降りて、陵まで歩きます。その時、敵軍を防ぐため、陵園の周りに城壁が建てられるし、軍隊が昼はもちろん夜も休まずパトロールしていました。今、公開するスポットは「長陵」「定陵」「昭陵」と「神路」といった四ヶ所です。

 住所:北京市昌平区の天寿山の麓

 いかがでしょうか。たくさんの世界遺産がある北京、今まで残された建造物の歴史から北京の魅力を発見しましょう。

文・北京旅行網

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