南锣鼓巷
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 南鑼鼓巷は北京で一番古い大規模な元代の建築物である。町は北側の鼓楼東大通りから南へ続き、地安門東大通りまで全長786メートルになっている。元大都(1267年)に工事が完了し、基盤のような並び方をして古い住宅地として現在まで保存されてきた。

  歴史・文化的背景——    

 唐の時代に建てられた長安の里坊は既になくなっている。「里坊制」によって作った元代の建築も800年余りの歴史を経て、すっかり様変わりしてしまった。だが、南鑼鼓巷はもとのままに近い状態で残されてきている。  

 胡同の構造自体もあまり変わっていない。中には官邸、中庭付の屋敷などいろいろな建築様式が点在している。ここは北京という古い都にあって、無傷で保護されてきたのは非常に稀有なことである。

 しかし近年の南锣鼓巷はそれ以上におしゃれな街として、海外の観光客から注目を集めている。理由は新世紀のはじめごろから、いつの間にこの町にさまざまなバーが出来たことにある。現在の南锣鼓巷は三里屯、什刹海の後についで有名なバーストリートになっている。色で例えれば、三里屯のバーストリートはカラー、什刹海のバーストリートは朱色、南锣鼓巷は藍緑色といった感じであろうか。この評価は単なる色の例えだけではなく、文化背景を色で語っているといえるだろう。この一本の胡同にでもかなりの歴史的背景があり、一つの屋敷には一つの物語があるのである。

 僧格林沁王府  

 南鑼鼓巷の南から北へ歩いていくと右側(東側)から第一本目の胡同、炒豆胡同が東西に通っている。西側の出口に近い77番街の横には看板が揚げられていて、上に「東城区重要文化財保護単位」「僧王府」と書かかれている。

 僧王府は清代の僧格林沁(センゲリンチン)の王府である。セングリンチンは内モンゴルのホルチン左翼後旗の人で、1825年にモンゴルホルチン郡の王位を継ぎ、1855年に親王に封ぜられている。彼はこの時代において数少ない武略に優れていた人物であった。1859年の大沽の戦いにおいてはイギリス、フランスの連合軍を破り、1863年に捻軍が蜂起すると掃討に当たり、山東省、河南省、安徽省を転戦した。しかし1865年5月に山東省曹州のところで、捻軍と激戦を繰り広げ、その地で戦死している。

 多くの俳優と女優が輩出された有名学校

 南鑼鼓巷に沿って北方向へ歩いていくと、右側(つまり東側)にある第三番目の胡同に東棉花胡同がある。東棉花胡同に入って少し歩いていくと左側(北側)に海外でも有名な中央戯劇学院が見えてくる。舞台、映画の演技を学ぶ学校として、中国トップの学校といえるだろう。

 敷地面積はあんまり広くはないが、実技訓練の劇場を含め、東棉花胡同と北兵馬司胡同の間で出来た敷地の西側を占めている。だが、この学校は小さい割には国を代表する俳優や女優(新劇、映画に出演する有名人)排出される場所として非常に有名である。現在までで陳宝国(チェン・バオグオ)、陳道明(チェン・ダオミン)、姜文(チアン・ウェン)、巩俐(コン・リー)、章子怡(チャン・ツーイー)などの有名人はすべてこの地で俳優の訓練に励んでいた。興味のある人はぜひとも訪れたいところだ。

 

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