中国西南の四川省中心部に位置する眉山市青神県は、岷江の水と肥沃な土地に恵まれた上質な竹が豊富であり、千年以上の竹編文化がある。山には竹林が茂り、平地には竹を栽培し、家庭の庭には竹を植えて、青神県ではどこでも誰もが竹を育てている。眉山の老農民は、“竹は眉山の大黒柱であり、眉山人の生活の拠り所と財源である”という。

史料によれば、五千年も前から青神県の先代は竹を編んで日用品を作っていた。唐時代(618-907)には、栄県出身の張武が用水路を開き、耕地に水を引く為に百個余りの家庭用竹カゴを工事に使用したと言われる。この頃から竹製のゴザ、カゴ、扇子などが流通するようになった。
宋時代(960-1279)を代表する詩人である蘇東坡は、中岩書院で勉学中に全身を蚊に刺され、青神の才女王弗から非常に精美な竹編宮扇をおくられたという。明時代(1368-1644)、青神出身の余承勲が科挙に合格して上京した時に使用した竹編の本箱と膳食盒は、現在中国竹編博物館に貯蔵されている。
青神竹編工芸技術が大きく発展したのは清時代(1644-1912)のことである。養蚕業が急速に発展し、青竹は南西第二の糸市と呼ばれるまでになった。蚕を育てる竹製のカゴ、むしろ、ふるいなどの大きな市場が形成され、その伝統的な道具類は今現在も養蚕業の主流となっている。またこの頃生産された竹編の宮扇は精巧で相当な美しさを誇り、多くの扇子が宮廷に献上された。この竹製の扇子は、現在故宮博物館で観覧することができる。
竹編に使われるのは、中国西南地方特産の長くて節目が少なく柔軟な竹である。繊維は髪の毛よりも細く、セミの羽より薄く加工できる特殊な竹である。伝統的なゴザ、カゴ、セイロ、漁道具などの生活用品の他、枕、水瓶ケース、竹編扇子などが作られた。また、「座標式」の編物技法による、花鳥虫魚などを模した新しい産品も生まれた。
2005年5月、青神県は国家文化部から「中国竹編芸術の郷」と正式に命名された。現在も青神県住民の20%が竹編工芸で生計を立てている。その70%が女性であり、伝統の技術を親から子へと受け継いでいる。しかし2000年の統計によると、約二万人が竹編の技術を持つが、伝統技法を熟知した“職人”は5%に満たないという。四川と中国を代表する伝統工芸である青神竹編の技術技法が、確実に伝承、保存されていくよう早急な対策が求められている。



