于謙祠

2015-05-25

于謙(1398~1457)は浙江杭州人であり、永楽19年の進士である。明代の優秀な政治家、軍事家でもある。明の正統14年(1449年)、彼は兵部尚書に任命され、景帝の意見を擁護して、南方への移転を反対した。オイラーと軍の侵攻を撃退し、北京を守ったのである。天順元年(1457年)英宗は「奪門の変」を発動し、北京を守って功のあった于謙を謀反という罪で殺した。

万暦23年(1959年)、皇帝は「忠節祠」を建て、于謙の名誉を回復するように命じた。130年の歴史を経て、人々は彼の旧居を元に小さな于公祠を建て、この民族の英雄を偲んだ。

于謙祠は東城区西裱褙胡同23号に位置し、元々は「于忠肃公祠」という額がある。万暦十八年(1590年)、諡号は「忠肃」に変わり、そして祠の内に于謙の塑像が建てられた。しかし清代の順治年間、塑像は壊され、祠も廃墟にされた。清代の光緒年間、再び建て直される。祠は南向きになり、東側は于謙の旧宅であり、清代の初年に破壊され、光緒年間に修復された。その後1890年、義和団がここに聖壇を設置したことがある。しかし1976年、魁星阁は地震で壊され、小楼も取り壊された。そして現在、于謙祠は北京市の重要な保護文物になっている。

住所:東城区西裱褙胡同23号

アクセス:バス1、4、10、802、特1路に乗り、北京駅で下車。

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