e時代、仏教とインターネットの出会い

2016-02-01

外国人も含めた多くの人が、学誠法師を知っている。それもインターネットを通じてだ。全国政治協商会議常務委員、中国仏教協会駐会副会長、中国仏学院副院長で、3つの有名寺院の住職である学誠法師は、ベテランブロガーでもあるのだ。

学誠法師

2006年2月、ブログがまだ物珍しかった頃に、学誠法師は早くも個人ブログを開設し、中国仏教界初のブロガー、最初にインターネットを使って布教を始めた高僧となった。2009年4月11日からは微博(ウェイボー、中国語版ミニブログ)も開設し、旬のツールを使い、すばやく、そして日常生活に密着した形で仏法の智恵を人々に伝えている。

昨年2月17日には、学誠法師の微博は中国語のみの対応から、中、英、仏、ロ、西、独、日、韓8カ国語対応にバージョンアップした。法師が書き込みをすると、担当者が直ちに7つの言語の翻訳ボランティアに連絡、たちまち翻訳され、すぐに微博が更新される。現在この翻訳チームには、中国国内、米国、カナダ、イギリス、フランス、ドイツ、スイス、ベルギー、キューバ、ロシア、ヴェネズエラ、韓国、日本、マレーシアなどから170人を超えるメンバーが参加している。

ブログや微博にアクセスするネットユーザーの分布を見ると、学誠法師のファンは世界100数カ国・地域に広がっており、ネット上での人気はテレビや映画スターのブログにもまったく引けを取らない。この1年ほど、中国の二大主流微博サービスサイトにおける法師のフォロワー数は20万を超えている。

「もちろん、個人の修行であれば、座禅や読経にインターネットは必要ありませんが、今の人たちはよくパソコンを使っています。それに仏教徒や信者、一般の人々、そして外国の人たちは、毎日寺まで来て講座を聞くことはできません。ですから、仏法の普及と衆生の受益という観点から言えば、ネットが非常に重要になってくるのです」。学誠法師は「自分も始めた頃はどんなものか分からず、ブログにここまでの影響力があるとは思いもよらなかった」と率直に語る。しかし後になってから、ネットは仏教と社会とを結びつけ、その距離を縮め、仏法の慈悲や平等、調和の精神と智恵を伝えることができ、人々にとっても仏教と接し仏法をよく理解する機会が増えるということに気づいたのだという。

学誠法師(左から3人目)の新刊発売サイン会

毎日、学誠法師はネットユーザーたちの様々な問題や悩み事の相談に答えている。

質問:

「どうしたら心の中の恨みをなくすことができますか?」

法師の回答:

「恨みや憎しみを捨てることは人に寛大になることではなく、自己本位の気持ちから抜け出すことです」。

質問:

「この金権社会の中でどうしたらいいか分かりません。金儲けもしたいし裕福にもなりたい。でも成功するための道が探せない。自分が何ができるのか?何をするべきなのかが分からないのです」。

法師の回答:

「人生には目的が、命には方向が、生活には目標が、仕事には意欲が必要です」。

「忙」という字は「心」を「亡」くすと書く。かつては時間に余裕のあるゆったりした生活を送っていた中国人の多くも、今では忙しくなる一方だ。携帯電話、パソコン、自動車、飛行機など時間の節約に役立つものはたくさんあるのに、それでもやはり時間がないのだ!そして様々な「現代化」のプロセスによって、人は何かをした後すぐに結果を求めるようになった。特に、急速な発展のリズムと変化する生活環境は、さらに多くの人から心の安息の場所を奪っている。

「最近の私たちの生活の特徴は、『ハイスピード・ライフ』ですよ……」北京市中関村のIT企業で部門マネージャーをしている韓縁馨氏は言う。「多くの人が猛烈な勢いで人生を駆け抜けている。よく思うんです。自分が一日中忙しくしているのは働いているのか、それとも命をムダにしているのかって」。

しかし学誠法師の目にはこう映る。「私たちの周囲は進歩し、発展しています。だからこの段階では、多くの人があれやこれやの心の問題を抱えているのでしょう」。法師は仏教の方法で解決策を提示した。その第1ステップは「安住」、すなわち心を安定させ、穏やかにし、心を迷わせないようにすること。第2ステップは「調伏」、心身をととのえて内心世界の煩悩を制することだ。

「近年、特にこの10年は、中国経済がすさまじい勢いで発展し、物質生活は満たされましたが、人々の精神生活ないしは宗教信仰へのニーズはますます高まってきました。これは社会の発展によって起きた新しい現象です」と学誠法師は語った。

竜泉寺講堂

竜泉寺は北京市海淀区鳳凰嶺の山すそに建てられている。千年の歴史を持つ古刹で、かつては仏教、道教、地方宗教を一体化した文化的景勝地だったが、年月を経る間に幾度も破壊に遭い、徐々に衰退していった。しかし2005年になって再び信者に開放され、学誠法師を住職に招いた。

「1984年に北京に来た頃は、修行の場を求めて北京以外のところへ行こうとする居士(在家の信徒)が少なくありませんでした。その時私には、北京に多くの人が仏を学ぶ場と修行の地を作りたいという思いが生まれました……そして21年後、その願いはついに成就したのです」。学誠住職は、竜泉寺の復活と開放は国や社会、仏教、衆生にとって独特の意義と深遠な影響があると考えている。

学誠法師は1982年、16歳の時に、福建の禅宗寺院莆田広化寺で出家し、1989年には莆田広化寺の住職となった。当時中国の漢伝仏教寺院で最も若く、学歴が最も高い(修士)有名寺院の住職であった。それほど時を置かずして、莆田広化寺は当時中国仏教協会会長だった趙朴初居士から「全国三大模範叢林の1つ」(叢林はサンスクリット語Vindhyavanaの訳で、僧侶が集まり修道する場。禅宗寺院を指すことも多い)と称えられた。

2009年、竜泉寺は「教育を中心とする」という理念を掲げた。「仏教は信仰を根本とし、解脱を目的とし、教育を中心とし、文化を絆とする宗教です」と学誠法師は言う。「教授」のように僧徒に授業をするほかにも、学術界と仏教界との連携を極力促進し、広く専門家や学者を寺に招いて伝統文化について講演をしてもらっている。同時に、仏門を広く開放して四方からの客を受け入れ、伝統法要を行い、修行のため寺にやってくる居士信者を広く受け入れている。

また、竜泉寺のオフィシャルサイト上に「ネット仏学院」を開設し、動画や音声のコンテンツを設け、ネットにアクセスすれば授業を受けられるようになっている。サイトでは毎日コンテンツを掲載するが、記事の編集や掲載などについて話し合うのはネット上の遠隔会議だ。学誠法師は忙しさの合間を縫って自らブログに目を通し、読者のコメントに返信をし続けている。中、英、日3カ国語で運営されているこのサイトには、今までに170数カ国・地域のネットユーザーがアクセスした。

竜泉寺境内にある五観唐

「仏門の思想は善い縁を広く結ぶこと。仏門は広く開かれており、仏教はそもそも社会大衆向けのものです。仏教の伝達形式と布教方法も、適切に時代とともに発展し、社会と発展の歩みを同じくすべきです」。学誠法師は、「仏法の教理や教義は古い歴史を持つ伝統的なものだが、仏教徒と出家者は古代に生きているわけではない」と指摘する。

仏教が中国に伝来して2000年余り。しかし仏教は「歴史の遺物」にも「標本」にもならず、絶え間ない現地化の過程でつねに中国文化や人々の生活にとけ込んできた。「中国の仏教はもうかなり風俗習慣化しています。少なくとも仏教に好感を持つ人は非常に多い」と学誠法師は言う。法師によると、仏教はかつて民衆の精神文化生活を豊富にし、道徳教化し、社会を安定させ、民族団結を守るなどの社会的役割を発揮してきたという。中国では1978年の改革開放政策実施後、宗教や信仰の自由という政策を尊重し、守り、なおかつ全面的に実行してきた。「今のようなグローバル化時代、環境汚染や生態バランスの不均衡、資源不足など多くの世界的な課題の前では、中国の仏教も伝統文化発揚の促進や社会の精神文明建設の推進といった社会的責任を果たすべきです」。

「外国人は中国を知ろうとする時に、微博のようなとても小さな点から見ているのではないでしょうか」。8カ国語対応の微博について学誠法師は、「中国の仏教と出家僧の生活状況、信者の考え方を知っている人はそれほど多くはない。その原因は言葉の壁なのです」との見解を示した。

実際、学誠法師は2006年にはすでにボランティアの翻訳センターを設立し、大学教授や専門家、プロの翻訳家、海外帰国者など多くの高レベル人材を集め、法要の際には多言語読経や翻訳担当者交流シンポジウムなども行っている。

「文化交流はそもそも相互のもの。その過程でぶつかったり摩擦したりしながら共通点が見つかっていくのです」。学誠法師は、「共通点があって初めて共通認識が生まれ、共通認識があって初めて友ができる」と考えている。

来源:北京週報

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