時は開成年間、江という道教を信じている人がいた。六十を過ぎた江さんは笛が吹くのがうまく、出かけると多くは永楽というところの霊仙閣で一人で笛を吹いて楽しんでいた。江さんは時には酒を飲み、この日はかなり気持ちよくなったので、あるとても大きなアカシアの樹の下で休んでいるうちに寝てしまった。そして眼が覚めると夜半になっていたので、近くの井戸の水を汲み飲んで顔を洗い、頭もいくらかはっきりしてきた。すると大きな物がこちらに来る音がしたので、さっそく近くの草むらに隠れた。すると大男がこちらに歩いてきて、さっきまで江さんが寝ていた樹の横に座り込んだ。そして樹を揺らして言った
「兄貴。久しぶりだね」
すると、なんとその樹の上から誰かがこたえた。
「兄弟よ。ご苦労だったな」といって同じような大男が樹から下りてきた。これには江さんびっくり。声が出るのをこらえて見守った。するとすわっている大男は腰に縛ってある袋をあけて酒や肴を地面に並べ、二人の大男はその場で酌み交わし始めた。そして話を交わす。
「兄貴はいつまでここにいるつもりだえ?」
「そうだな。あと数百年たったら引っ越す」
「そんなことしてるよりも、速く姿を変えて立派な建物に変わればいいのに。このままの姿じゃ、つまらないだろう?」
「それもそうだな。で。兄弟は」
「おれも、近く姿を変えて立派な建物に変わろうと思っているんだ」
こうしてしばらくたったが、急にここにきた大男が、「じゃあ。またいつか会おう」といって立ち上がり、どこかへ行ってしまった。そして樹の上から降りてきた大男も、樹の上にあがり、あたりは静かになった。
さて、この様子を草むらから見ていた江さんは、自分が動くと樹の上の大男がまた降りてくるのではないかと恐れ、夜が明けるまでそこを動けなかった。やがて夜がすっかり明け、ここを通る人がいるので、江さんはやっと草むらを離れた。
その数日後、江さんは、再び自分が酒を飲んだあと寝てしまったかの大きなアカシアの樹の下に来た。そして夜半になって用意してきた酒やつまみを地べたに敷いたゴザの上におき、手を合わせていう。
「これは、これはアカシアの樹さま。この前は酒を飲んでここで寝てしまい、どうも失礼なことをいたしました。そしてわたしめが草むらに隠れたとき、あなたさまともうお一人のかたとのお話を聞いてしまいました。どうでございましょうか。ここにお酒とつまみがございましゆえ、わたしと話をしてくれませんか?」
すると、徳利がひとりで空中に浮かび、酒を飲む音が聞こえた。そしてそれまで黙っていたアカシアの樹がこたえた。
「これは、丁寧な人間どのでござるな。わしの下で寝ていたのはあんただったのか?ま、わしは気にしておらんよ。ところで、あんたはわしにどうしろというのだね?」
「実はわたしは、道教を信じており、これまで良き師にめぐりあえませんでした。そこであなたさまについていろいろ学びたいのですが、お願いします。そのお礼は必ず忘れませんから」
こういって江さんは、また新しい徳利をゴザの上に置いた。するとアカシアの樹は答える。
「そうでござったか。わしは修行が浅いのであんたには何も教えることは出来ない。そこである先生をこれから探しなさい。その方は仙人じゃ、荊山にいてな。ま、陸にいなけれは、水の中にいるはずじゃ。その先生に教われば、きっといいことがあるにちがいない。」
「あの潤オ。仙人ですね」
「うん。しかし、今日ここでわしがこんなことをあんたに言ったと人にもらしてはいかん。これもあんたの真心に打たれたので教えただけのこと。もしあんたがこのことを人に漏らせば、わしは罰を受けることになる」
「わかりました。絶対に人にはもらしません」
こうして江さんはアカシアの樹に礼をいうと、翌日、支度をしたあと一人で荊山に登った。それは大変だった。幾つもの峰を越え、多くの川を渡り、数日かかかってやっとのことで仙人を捜し当てた。そこで江さんは土下座して弟子にしてくれと頼んだ。
「うん?お前が誰からわたしのことを聞いたのじゃ?うそをついてはならんぞ」
「はい。実は霊仙閣のちかくの大きなアカシアの樹が教えてくれました」と江さんはありのままを話した。これを聞いた仙人は怒った。
「なんということだ!奴が私のことを教えるとは!今から行って懲らしめてやる」
これをみた江さんは必死になって謝った。
「先生、どうかあのアカシアの樹を許してあげてくだされ」
「いや。いま奴を懲らしめないと、これから弟子にしてくれというものがあとを絶たんようになる。それにお前はなんだ?わたしに何を学ぶというのだ?お前は何が出来るか言ってみろ」
「は、はい。私は道教を信じており、笛が吹けます」
「では、ここで吹いてみろ」
そこで、江さんは荷物から笛を取り出し、一生懸命に吹いた。
これを聞いた仙人は、怖い顔をしなくなり、暫くそれを聞いていた。
「うん。笛はうまく吹けるようじゃな。ただ、その笛ではいい音色が出ない。わたしの笛を学びなさい」
この仙人の言葉に江さんは喜んだ。
「本当でございますか」
「本来なら弟子にはせんところだが、お前は年を取っているだけに、笛の吹き方を知っておるゆえ、教えるのだ」
「ありがとうございます」
「まあよい。で、この荊山の笛を吹くには、お前は三年は頑張らなくてはならん。そうすると洞窟に棲む竜を呼び出すことが出来る」
「洞窟に棲む竜を?」
「そうじゃ。その竜は口に夜光る玉を咥えており、その玉をお前にくれるだろう。そこでお前はその玉を三日間煮るのじゃ。すると若い竜がきて頭が痛いといって仙丹とその玉を換えてくれといいに来る。そこでお前はその仙丹と玉を換えるのじゃ」
「その仙丹とは?」
「お前がその仙丹を飲み込めば、若返って長生きできるというもの」
「ほ、ほんとうでございますか」
「うそはつかん」と仙人はいい、ふところから一本の笛を取り出し、江さんに渡した。
「いいか。余計なことは考えず、一心にこの笛が吹けるまで頑張れ!」
こういうと仙人はふと消えてしまった。こうして江さんはそのときから笛を吹き始めたがどうも音が出ない。そこで江さんは一生懸命になって吹き、数日後には音が出るようになり、一ヶ月後には何とか吹けるようになった。
こうして三年の月日が流れた。その間、かの仙人は二度だけ江さんの夢の中に出てきただけだが、江さんが苦労して学んだおかげで、笛はかなりいい音色が出るようになっていた。そこで江さんは山をおり、岳陽というところに来て、若いころから付き合いがあった地元の役人の屋敷に泊まった。
さて、それから数日後の夜半、どうも眠れないと江さんは、一人の湖のほとりに来て、かの笛を吹き始めたところ、湖の小島にある洞窟からピカピカ光る玉を咥えた竜が飛んできて、その玉を江さんにくれ、また小島に帰っていった。
そこで、江さんは屋敷に帰り、この玉を三日間煮たところ、一人の若者が屋敷に江さんを訪ねてきた。
「あなたが江さんですね。わたしはここ数日、頭が痛み出したので、あなたを探しに来たんですよ」
「このわたしを?」
「そう。あなたは光る玉を煮ましたね」
「どうしてそれがわかるのですかな」
「わたしは人間ではないのでわかるのです」
「ええ?」
「ここに仙丹があるので、その玉と取り替えてください」
ここで江さんは仙人の言ったことを思い出し、喜んで玉を若者に渡すと若者は懐から仙丹を取り出し江さんにわたし、不意に若い竜の姿になってどこかへ飛んでいってしまった。
そこで江さんは自分の泊まっている部屋に帰り、その仙丹を飲み込むと急に眠気がしたので寝た。
次の朝、江さんが起きて鏡を見てみると、なんと鏡に写ったのは若いときの自分の姿であった。うれしくなった江さんは、若返った江さんを見て驚いている役人に別れを告げ、そのときから自由自在に水の中に入ったりし、方々を旅したりし、そのうちに山に入って仙人になったという。
「中国国際放送局」より