今月1日の午前、西城区の李大釗の旧宅で『共産党がなければ新中国はない』という歌が高らかに響き渡りました。中国共産党創立100周年に当たり、中国共産党が北京で初期革命を行ったことのある複数の旧跡は正式に一般開放されました。北京の李大釗の旧宅をメイン会場とし、北大二院の旧跡(元は北京大学の数学系楼)、馬駿烈士墓、李大釗烈士陵園、長辛店二七記念館、陶然亭慈悲庵という5カ所の革命旧跡をサブ会場とし、開所式が行われました。北京晩報が報じました。
北京は新文化運動の要地、五四運動の発祥地、中国におけるマルクス主義の早期普及のための拠点、中国共産党誕生の地の一つに数えられます。これを受け、中国共産党が北京で初期革命を行ったいくつかの旧跡は、中国共産党創建史において独特な地位を占め、独特な貢献を果たし、独特な価値を備えています。
今回集中的に一般開放された旧跡の中、李大釗の旧宅、『新青年』編集部の旧跡(陳独秀の旧宅)、京報館の旧跡(邵飄萍の旧宅)などの共産党歴史において要となった人の旧宅のみならず、陶然亭慈悲庵、「亢慕義斎」旧跡などの重要な会議場、「二七事件」の発生地などの歴史的大事件の舞台、李大釗烈士陵園、長辛店二七記念館、馬駿烈士墓などの重要な記念施設も多くあります。
展覧会に必要な条件を備えた革命旧跡では、臨場感、歴史的感覚、リアル感を際立たせ、歴史的シーンを最大限に再現するために、歴史的意義のある旧跡に適した異なるテーマの展覧会が開催されます。展覧会は主に貴重な歴史的写真、多数の文化財、詳細な歴史資料、極めてまれな歴史的映像を展示します。
北京市は革命旧跡を通じ、中国におけるマルクス主義の伝播、党組織の創立に対して中国共産党が与えた影響を示し、中国共産党の早期創立において北京が果たした貢献を明らかにし、北京の党組織が北方革命事業の新たな局面を切り開いたという重要な歴史を見せ、社会主義の核心的価値観を大いに発揚し、人民大衆が歴史を知り、共産党を愛し、国を愛するよう導いていきます。
革命旧跡の一部で開催予定の展覧会
★北大二院の旧跡(元は北京大学の数学系楼)
「偉大なる誕生——中国共産党早期の北京組織」特別展
★『新青年』編集部の旧跡(陳独秀の旧宅)
「歴史上の新青年」特別展、「陳独秀が北京で」特別展
★李大釗の旧宅
「播火者――李大釗の革命思想と実践」特別展
★京報館の旧跡(邵飄萍の旧宅)
「『京報』と京報館」特別展、「百年紅色新聞」特別展、「邵飄萍の生涯と功績」特別展
★陶然亭慈悲庵
「先駆者の奮闘――慈悲庵革命活動」特別展
★李大釗烈士陵園
「不朽の功勲――李大釗の生涯と功績」特別展
★長辛店二七記念館
「北方の紅星――長辛店と中国工人運動」特別展
★長辛店留法アルバイト予備班跡地
「光り輝く印――長辛店と仏留学生勤工倹学運動」特別展
●『新青年』編集部の旧跡
『覚醒年代』ドラマ内の名場面を再現
1年間余りにわたって念入りに準備してきたおかげで、北京市東城区北池大街箭杆胡同20号に位置する『新青年』編集部の旧跡(陳独秀の旧宅)は今月1日の午前、正式に一般開放されました。『新青年』の歴史的地位と重要な役割、そして陳独秀の生涯、北京での取り組みや革命への貢献は集中的に展示されています。
ドラマ『覚醒年代』のシーンが再現され、『新青年』を編集した頃に陳独秀や李大釗などの編集者の手紙が展示されています。特筆すべきなのは、1920年9月から1926年7月までの間に『新青年』に掲載された200余りのマルクス・レーニン主義に関連した文章が初めてシミュレーションの形式で展示され、歴史の空白を埋めることになります。
●長辛店革命の旧跡
市民が全方位で「北方の紅星」を見学
今月1日の午前、革命旧跡の開所式および青少年開放日の特別会場の一つとして、豊台区長辛店二七記念館の前で、『革命の発祥地を探り、百年前の青春を語る——労働者を最優先に』は上演され、1921年の頃李大釗が長辛店労働補習学校に講義したシーンが再現されました。
長辛店は京漢鉄道労働者ストライキの主な発生地の一つで、「北方の紅星」と称されています。現在、長辛店二七記念館、仏留学生勤工倹学運動の旧跡、長辛店労働補習学校の旧跡、「二七事件」発生地の旧跡(警察署の旧跡)、労働者の夜間学校の旧跡、二七機車工場、二七烈士墓、長辛店工人倶楽部の旧跡といった8か所に及ぶ長辛店地区の革命旧跡は北京市の保護伝承利用プロジェクトに組み込まれています。今日から長辛店にある8か所の革命旧跡は正式に一般開放され、全方位で長辛店地区の早期労働者運動の歴史が展示されています。
●李大釗烈士陵園
全く新しい展覧会がオープン
今月1日の午前、李大釗烈士陵園で『艱難を極めた国運と豪然たる国民・新紀元』が朗読されるのに伴い、烈士陵園は新しく設置された展覧会をもって改めて一般開放されました。 展覧会はメインホールの「不朽の功勲――李大釗の生涯と功績」特別展と記念室の「永遠の模範」の二つのエリアに分かれています。広さ277平方メートルのメインホールで、「信仰と主義:中国におけるマルクス主義の先覚者」、「使命と担当:中国共産党の創立者の一人」、「革命と奉献:中国共産主義運動の先駆者」というテーマを巡り、写真、展示品、資料、ビデオを主に累計で272枚の写真、89点の展示品が展示されています。
●馬駿烈士墓
小学生が花かごを烈士に捧げ、英雄を偲ぶ
今月1日の午前、青々とした松や柏に包まれた日壇公園の西北側で、『共産党がなければ新中国はない』という歌が歌われ、厳かな雰囲気が漂っていました。芳草地国際学校の小学生12名は赤いネッカチーフを身につけて、烈士に花かごを捧げて、人民英雄に対して哀悼の意を表しました。
北京市には30カ所以上の中国共産党初期革命の旧跡があり、馬駿烈士墓はその中の一つとされています。朝陽区は馬駿烈士墓の全面的な保守・修繕を行いました。修繕後の馬駿烈士墓は紅色愛国主義教育基地として、毎週の月曜日から金曜日の9時から16時まで無料で開放されるようになります。
●李大釗の旧宅
『播火者』は革命の歳月を再現
今月1日の午前、西城区に位置する李大釗の旧宅は正式に一般開放されました。数人の小中学生やプロの俳優が顔を揃えた『播火者』は李大釗の旧宅で上演されました。中国共産党の創立者の一人である李大釗の風格や革命への思いを示し、観客を百年前に連れ戻し、スリリングな革命の歳月を体験させました。
●中山公園来今雨軒
先駆者たちの革命過程を再現
一年間余りの準備を経て、中山公園来今雨軒は今月1日から、正式に一般開放され、「少年中国学会」と「文学研究会」特別展が開催されています。展示品、写真などを通じ、中国の初期革命において先駆者たちがマルクス主義を宣伝した過程は踏み込んで再現されています。
1920~30年代前後、李大釗、毛沢東、鄧中夏を中心とした数多くの有識者は来今雨軒に集まり、「少年中国学会」と「文学研究会」の活動に参加し、刊行物の編集、思想の交流、マルクス主義の伝播に取り組みました。
●陶然亭慈悲庵
高君宇墓碑が初公開
修繕後の陶然亭公園慈悲庵は北京の初期革命の旧跡の一つとして、今月1日の朝早く再び開放されました。
慈悲庵は中国共産党創立の際に有識者が北京で密かに策動した拠点の一つでした。五四運動の頃、李大釗、毛沢東、周恩来などの中国共産党の創立者や先駆者たちはここで密かに革命を行ったことがあります。修繕によって、「五団体会議」の会議室を昔のままのように復元しました。
また、「先駆者の奮闘――慈悲庵革命活動」特別展が開催されています。展覧会で、高君宇烈士の墓碑は初公開されました。
●北大二院の旧跡
貴重な刊行物や史料が初披露
今月1日の午前、北京市東城区沙滩裏街55号院にある『「偉大なる誕生——中国共産党早期北京組織」特別展が開幕しました。それとともに、北大二院の旧跡(元は北京大学の数学系楼)は一般開放されました。特別展で、『曙光』『北京女高師半月刊』など多くの民国時代の刊行物は初めて展示されました。1919年3月10日に毛沢東が北京大学の数学系楼の第16教室で李大釗の講義を受けたといった歴史的資料は初披露されました。【呉歆沁 訳】