糸、沙、絹、綿花などの材料を使った手作りの絹人形は、中国文化と民族気風を色濃く表す伝統工芸品として、また海外観光客の土産物としても人気を集めている。

千年以上の歴史を持つ絹人形は、精巧な技術による芸術性の高い洗練された伝統工芸品である。唐時代(618-907)、竹の骨組みに紙をはった龍、魚、花などの灯籠“彩扎”が流行し、人物の形も作られるようになった。北宋時代(960-1127)には彩扎が発達して、薄い絹綾で形を作り絹錦の衣服や装飾品をあしらった今の絹人形の原形となる人形が生まれた。お年寄りの誕生日に長寿神の絹人形を贈ることが風習となった清時代(1644-1912)には、貴族や裕福な人々の間で室内を飾る装飾品としても好まれるようになった。

北京の絹人形は、その名の通り頭から足まで絹で作られている。顔と手は生絹で、その他の身体は絹布でできている。制作工程は複雑で、全体設計から頭や手足の制作、衣装の制作、各種の装飾品の制作など数多くのプロセスを経て、最後に全てのパーツを組み立て立体的な人形が出来上がる。絹人形の最大の魅力は、超越した人物の表情と動きの表現にある。中でも、頭部と手の制作には最も気を使い巧みな技巧が最大限に生かされる。

頭部の制作は先ず、原形を作り絹布を一層、二層と貼り重ね、最後に生糸の布を貼り乾燥させる。湿気が残るうちに皮膚を整え、細部を作り込む。髪の毛となる生糸を一本一本規則正しく配置し、特殊な顔料で目、まつげ、唇を描き、化粧を施す。最後に空洞の頭部に綿花を詰めて完成する。

手の制作には、高い技術だけでなく相当な根気を必要とする。はじめに五本の細い針金で指の骨格を作り、脱脂綿を指の形に巻きつける。柔らかい生絹で微小な手袋を縫い、それをひっくり返して針金の指に被せる。一本の指が2mmにも満たない手袋を裏返すのは、非常に根気と忍耐のいる作業である。完成した指は、針金を曲げて蘭花指や仏陀の指の形などに固定し、必要に応じてマニキュアを塗り、指輪をはめて完成する。2cm足らずの絹布で作られる“手”には縫い目や糸口がまったく見えず、職人の完璧な工芸技術に驚嘆するのみである。
これらに比べて身体部の制作は比較的簡単である。針金で人体の骨格と四肢を作成して、人体のプロポーションに合わせて綿花や紙で肉付けし、肩、背中が丸みを帯びて胸尻が豊かな身体ができあがる。衣装や装飾品もまた絹糸の刺繍を施した絹織物で作られる。一体の絹人形の完成には簡単な物で1ヶ月、複雑な物で3ヶ月かかるという。
人物像には古くから伝わる故事や小説上の男女、京劇の主人公、古代の美女などが取り上げられている。また、少数民族を扱ったものもある。職人は、人物の衣装や装飾品と共に表情やしぐさで時代ごとの気風を表現し、それぞれが生き生きと情緒にあふれている。
清代を過ぎると、続く戦乱や文化的抑圧を理由に絹人形の伝統工芸は大きく衰退した。再び職人達が積極的に絹人形を作るようになり、重要な伝統工芸として注目されるようになったのは中華人民共和国(1949~)が成立してからのことである。1954年、中国はインドのニューデリーで開かれた国際玩偶展覧会に招待され、葛敬安、李佩芬などの著名作家が五体の小数民族の女性人形を制作展示して大きな反響を呼んだ。絹人形の高い技術、芸術性は世界に認められ、国際的に広く知られるようになった。
北京の絹人形は価値ある中国伝統工芸品として国内外から高く評価されている。精巧な職人技術と独自の風格を持つ手工芸による美術品は、発展と成長を続けている。



